127 / 137
一体なんの冗談だ
一体なんの冗談だ14
しおりを挟む
「姉さん?」
「すぐそこに整骨院があるから。大丈夫よ、本当に近いから」
誰に言い聞かせてるんだろう。
心臓の音が響く。
バクバクと。
貴方はどれだけ走って探したんだろう。
横顔を見つめる。
汗に濡れて、涙の跡もそのままに。
叫びながら雑踏の中で走り回る姿が浮かぶ。
少し痛んだ胸に湧いたのは、なんていう感情なのか。
あとで聞いてみようと思った。
病院で手当てを受け、包帯を巻いて待合室に並んで座る。
固定された腕が痺れてくる。
「園長に電話したから。もうすぐ迎えが来るわ」
震えた声。
柔らかいソファの感触も忘れて背筋を伸ばして。
「凄くね……凄く怒られちゃった」
えへへ、と笑いを付け加えて。
痛々しい笑いを。
「初めての雅と二人での外出だったのにね。見失って怪我までさせちゃうなんて……駄目な姉さんだね」
顔にかかった髪を払わないのは、弱みを隠せない顔を見せたくないからなのか。
「もしかしたらね……辞めさせられちゃうかもしれないって」
鼓膜に引っかかった文字。
「なんで」
長い沈黙を破った初めの一言に、麻那は堪え切れず嗚咽した。
「だって……雅のこと守ってあげられなかったんだもの。本当は……映画見て、ちょっとご飯でも食べて……楽しい一日になるはずだったのにね。さっき園長に責任をどうとるのって言われてね……私働き始めたばかりだし、代わりはいくらでもいるからって。こんなこと楽園が始まって以来初めての失態だって」
ハンカチを口に当てて話す声は、耳より心臓に響いた。
「辞めるの?」
「……わからない」
「僕の所為で?」
責める意は全くない。
けれど、麻那は世界の終わりを目撃したような絶望を眼に浮かべた。
「そんなことないわ。私の責任よ」
「それでも今日のことがなければ、姉さんは辞めなくていいんだよね」
「雅」
携帯が鳴る。
迎えが来たみたいだ。
麻那は言いかけた口を閉じて、立ち上がった。
玄関まで、無言。
そのまま目も合わせずに車に乗った。
「心配しましたよ、弦宮さん」
「申し訳ありませんでした」
「園長が話があるそうなので、着いたら一階の事務室に行ってくださいね」
よく幼児クラスで見かける女性。
三十歳くらい。
麻那にとっては頼れる先輩。
その口調は、今までより一番冷たかった。
「すぐそこに整骨院があるから。大丈夫よ、本当に近いから」
誰に言い聞かせてるんだろう。
心臓の音が響く。
バクバクと。
貴方はどれだけ走って探したんだろう。
横顔を見つめる。
汗に濡れて、涙の跡もそのままに。
叫びながら雑踏の中で走り回る姿が浮かぶ。
少し痛んだ胸に湧いたのは、なんていう感情なのか。
あとで聞いてみようと思った。
病院で手当てを受け、包帯を巻いて待合室に並んで座る。
固定された腕が痺れてくる。
「園長に電話したから。もうすぐ迎えが来るわ」
震えた声。
柔らかいソファの感触も忘れて背筋を伸ばして。
「凄くね……凄く怒られちゃった」
えへへ、と笑いを付け加えて。
痛々しい笑いを。
「初めての雅と二人での外出だったのにね。見失って怪我までさせちゃうなんて……駄目な姉さんだね」
顔にかかった髪を払わないのは、弱みを隠せない顔を見せたくないからなのか。
「もしかしたらね……辞めさせられちゃうかもしれないって」
鼓膜に引っかかった文字。
「なんで」
長い沈黙を破った初めの一言に、麻那は堪え切れず嗚咽した。
「だって……雅のこと守ってあげられなかったんだもの。本当は……映画見て、ちょっとご飯でも食べて……楽しい一日になるはずだったのにね。さっき園長に責任をどうとるのって言われてね……私働き始めたばかりだし、代わりはいくらでもいるからって。こんなこと楽園が始まって以来初めての失態だって」
ハンカチを口に当てて話す声は、耳より心臓に響いた。
「辞めるの?」
「……わからない」
「僕の所為で?」
責める意は全くない。
けれど、麻那は世界の終わりを目撃したような絶望を眼に浮かべた。
「そんなことないわ。私の責任よ」
「それでも今日のことがなければ、姉さんは辞めなくていいんだよね」
「雅」
携帯が鳴る。
迎えが来たみたいだ。
麻那は言いかけた口を閉じて、立ち上がった。
玄関まで、無言。
そのまま目も合わせずに車に乗った。
「心配しましたよ、弦宮さん」
「申し訳ありませんでした」
「園長が話があるそうなので、着いたら一階の事務室に行ってくださいね」
よく幼児クラスで見かける女性。
三十歳くらい。
麻那にとっては頼れる先輩。
その口調は、今までより一番冷たかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)


傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる