あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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一体なんの冗談だ

一体なんの冗談だ11

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 五月蠅い街だった。
 限られた空間とは違って、無限に人が飛び出しては背中の方へと消えていく。
 会いたくもない他人と肩を擦らせ歩く。
 早くも僕は不機嫌だっただろう。
 先を歩く麻那の髪を眺めて、足を止めたくなった。
 そんな一瞬の気の迷いが、本当に現実にしてしまった。
 雑踏に飲み込まれた白いブラウスを見失う。
 素早く辺りを見回すが、無表情の知らない顔ばかり。
 ザッザッ。
 無数の足音。
 厭な雑音。
 鼻につく体臭。
 敏感になった五感が次々不満を訴えてくる。
 頭が痛い。
 だから、厭なんだ。
 中の世界は。
 早く外に出たい。
 黒いスニーカーを見下ろし、すっと足を踏み出す。
 出口という案内に沿って、誰にもぶつからずに歩き出した。
 駅から出ること。
 まずはそれが目的だった。

 眩しい光に目を細める。
 コンクリートを反射した熱が足元からウオッと吹いてくる。
 じんわりと汗が滲む。
 後ろからの大群に飲まれないように、道の端に避難する。
 暑い。
 鉄筋コンクリートが立ち並ぶ。
 都会。
 僕にとっては、未知の世界。
 ただ、触れてこなかっただけで、こんなにも馴染めない。
 不思議と焦燥はない。
 帰れないのかなと漠然と想いながら、路地に入っていく。
 そうだった。
 麻那を探すということすら考えなかった。
 ほんの少し、知らない世界を見て回るか。
 その程度の気持ち。
 気だるくビルを見上げては、信号を好きな方に進む。
 腕時計は付けていたから、たまに無意味に時間を確認しては、ため息を吐いた。
 案外、つまらない。
 日陰に立って喫茶店のガラスにもたれていると、見たことない男が話しかけてきた。
「なにしてんの」
 眼だけで反応する。
 大人の男。
 黒いスーツに、鞄に革靴。
 それだけで情報としては十分。
 それ以上知る気もないし、関わる意味もない。
 無言を貫いていると、男が隣に立つ。
「迷子?」
 少し声色が変わった。
 馴れ馴れしく。
「ああ、家出?」
 五月蠅い。
 前髪を掻き上げて、ふいと横を向く。
「返事くらいしてくれてもいいのに」
 男が金の腕時計をチャッと鳴らしながら上げる。
「ちょっとだけ遊ばない? 暇なんだ」
 僕も時計を確かめる。
 十一時五十分。
 世間でいう昼休みという存在も、脳には浮かばなかった。
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