123 / 137
一体なんの冗談だ
一体なんの冗談だ10
しおりを挟む
白ブラウスに、淡いピンクのティアードスカート。
大学時代に勉強の合間を費やしてバイトで貯めたお金で購入したお気に入りの組み合わせ。
黒い十字のネックレスが揺れ、長い髪に包まれる。
「おはよう、雅」
僕にとっては、その笑顔と共に迎える朝が当たり前だった。
生きてきた十二年間。
「おはよう」
当たり前の幸せだった。
あの朝も、そう信じ込んでいた。
施設を出るのは三年後。
地元の中学に通い始めてから園長と度々面談させられる。
将来について。
麻那自身も何度もその話題を持ち出した。
なんて答えていたかは思い出せない。
はぐらかすように口を動かしただけだから。
興味がなかった。
社会の構造に組み込まれることに。
部屋に貼られた世界の写真を眺めては、自分も建物と同じ無機物であったなら、面倒なことなど考えなくて済むのにとぼんやり思った。
「どこに行きたいの?」
麻那は尋ねる。
その日も。
切符を手渡しながら。
外出許可をとってくれたのは彼女の方だった。
写真に映る教会が舞台となった映画に連れていくと。
見慣れた街から電車に乗って移動する。
都会から離れた駅だから、席を取るのは容易い。
向かい合って座り、窓にもたれて話すのは、ひどく心地好かった。
「どこって?」
「楽園を飛び出したら、雅はどこに行きたいの」
ガラスに耳を当て、眼を瞑る。
重厚な金属音。
世界の揺れる音。
体ごと振動させて来る。
「外に行きたい」
自分だけに聞こえる声で。
しかし、麻那は唇の動きだけでそれを悟った。
もともと、その答えを予想していたのかもしれない。
「じゃあ……今日みたいに、私が連れて行こうか」
外を見ていた蒼い目がゆっくりと彼女に向けられる。
今、なんて。
自分でも気づかないうちに染みだした心の声。
きっと伝わってしまったんだろう。
麻那はふっと笑って手を振った。
その言葉をかき消すように。
「そろそろ着くから、降りましょうか」
電車は軋みながらスピードを落としていく。
がたん……がたん……
緩く開けた唇が、振動に合わせて閉じたり開いたり。
暖かくて明るい陽射しに頬が熱くなっていた。
僕は顔を手で押さえながら、外に降り立った。
大学時代に勉強の合間を費やしてバイトで貯めたお金で購入したお気に入りの組み合わせ。
黒い十字のネックレスが揺れ、長い髪に包まれる。
「おはよう、雅」
僕にとっては、その笑顔と共に迎える朝が当たり前だった。
生きてきた十二年間。
「おはよう」
当たり前の幸せだった。
あの朝も、そう信じ込んでいた。
施設を出るのは三年後。
地元の中学に通い始めてから園長と度々面談させられる。
将来について。
麻那自身も何度もその話題を持ち出した。
なんて答えていたかは思い出せない。
はぐらかすように口を動かしただけだから。
興味がなかった。
社会の構造に組み込まれることに。
部屋に貼られた世界の写真を眺めては、自分も建物と同じ無機物であったなら、面倒なことなど考えなくて済むのにとぼんやり思った。
「どこに行きたいの?」
麻那は尋ねる。
その日も。
切符を手渡しながら。
外出許可をとってくれたのは彼女の方だった。
写真に映る教会が舞台となった映画に連れていくと。
見慣れた街から電車に乗って移動する。
都会から離れた駅だから、席を取るのは容易い。
向かい合って座り、窓にもたれて話すのは、ひどく心地好かった。
「どこって?」
「楽園を飛び出したら、雅はどこに行きたいの」
ガラスに耳を当て、眼を瞑る。
重厚な金属音。
世界の揺れる音。
体ごと振動させて来る。
「外に行きたい」
自分だけに聞こえる声で。
しかし、麻那は唇の動きだけでそれを悟った。
もともと、その答えを予想していたのかもしれない。
「じゃあ……今日みたいに、私が連れて行こうか」
外を見ていた蒼い目がゆっくりと彼女に向けられる。
今、なんて。
自分でも気づかないうちに染みだした心の声。
きっと伝わってしまったんだろう。
麻那はふっと笑って手を振った。
その言葉をかき消すように。
「そろそろ着くから、降りましょうか」
電車は軋みながらスピードを落としていく。
がたん……がたん……
緩く開けた唇が、振動に合わせて閉じたり開いたり。
暖かくて明るい陽射しに頬が熱くなっていた。
僕は顔を手で押さえながら、外に降り立った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説


お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる