あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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一体なんの冗談だ

一体なんの冗談だ06

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 拓はスーツを返しにと事務室に行ったので、そこで別れて玄関に向かう。
 蒸れるような夜の熱気の中に出る。
 ネオンの明るさに目を細める。
「掃除ご苦労様」
「類沢さん!」
 開けた扉の傍らに立っていた影が光の元に現れた。
 手に持っていたものを渡される。
「あげる」
 見ると、紅茶サイダーの缶。
「えっ?」
「試しに買ってみたんだけど甘すぎてさ」
「飲みかけじゃないですか。頂きますけど」
 一口飲んで、唇をすぼめる。
「あん、まっ!」
「ね」
 類沢はクスクスと笑って歩き出した。
 結局飲むのは俺の使命らしい。
 冷たい缶を握り締めて口をつける。
 発泡感が喉を刺激する。
 後から来る紅茶の清涼感がまた甘さを引き立てる。
「どこで買ったんですか」
 追い付いて尋ねると、類沢は首を傾げた。
「……自販機?」
「なんで疑問形ですか」
 あの光る自販機で小銭を入れて買う姿が想像できない。
 連日数百万の酒を飲む男が、百円の缶ジュースを買うか。
「サイダーってさ、泡抜けると甘くなるよね」
「あー。それ美味しくないですよね。なんか気抜けちゃったみたいな」
「溶けたアイスみたいな?」
「それです! 違和感ある甘さ」
 ふっと笑んで、俺の肩を抱く。
「ハ、ルさん?」
 店から離れたので本名を避ける。
 しかし、類沢は気にも留めないように俺の額に口づけた。
「本当に……瑞希といると落ち着くよ」
 その優しすぎる声色に、俺は脳まで酔わされる気がした。

 家に着き、リビングのソファーに倒れる。
 ふんわりとした感触に癒される。
「寝ないでよ」
「寝ませんけどー……」
 上着を脱いだ類沢が隣の椅子に座る。
 脚を組んで、肘掛けに頬杖をついて。
「なに見てるんですか」
「瑞希」
「知ってますよ。なんで見てるんですか」
 クッションの隙間から類沢と目を合わせる。
 時計の音が遠くから聞こえる。
 瞬きも出来ずに、呑まれそうになるのを堪える。
「ドキドキしてるでしょ」
「してませんっ」
 ガバリと起き上ってクッションを抱える。
 だが、類沢は愉しそうに目線を逸らさず俺を見つめる。
 余裕ある、色づいた眼で。
 だんだん顔が上気していくのを感じる。
 俺の反応なんて全部わかった上で遊んでいるんだろう。

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