あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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どちらかなんて選べない

どちらかなんて選べない12

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 悩みながら眠ると安眠は滅多にない。
 四時に目を覚ました俺は、携帯のランプに気づいた。
 メール。
 河南からだ。
 眼を擦り、身を起こす。
 件名に目が留まる。
『だいすき』
 なんだろう。
 うれしいとか、どうしたんだ急にとかよりも、胸が締め付けられる。
 緊張しながら開く。
『今度、シエラにお客さんとして行くね。がんばって』
 可愛い絵文字。
 なんだろう。
 どうして一字一字が引っ掛かる。
 まだ薄暗い室内をそっと歩いてシャワーを浴びようと洗面所に向かう。
 ガチャリと開けて叫びそうになった。
「ごっ、ごめんなさい!」
 急いで扉を閉める。
 類沢がタオルを背中に掛けて、濡れたまま立っていたから。
 何も纏わずに。
 出てきたばかりだからか、白く湯気が漂う。
 長い黒髪から滴が垂れる。
 一瞬でも強烈に焼き付く整った体。
 ソファに飛び乗りクッションを抱えて顔を埋める。
 筋肉の陰影と、浮き出た肩甲骨。
 口元を拭う仕草がなんであんなに綺麗なんだ。
「ああっ。思い出してどうする!」
 顔を振って残像を消す。
 あの夜まで呼び起こしてしまう。
 というよりもあの人は何時に起きたんだ。
 寝てなかったとか。
 考えても仕方ないことばかり浮かんでは消える。
 とりあえず頭をスッキリさせようと、さんぴん茶を一つ取る。
「僕にも頂戴」
 落としてしまった。

 ソファに並んで座る。
 類沢は上半身はタオルのみ。
 それを意識してしまう自分に自己嫌悪が止まらない。
 喉を鳴らして飲む音だけが響く。
 俺はちょびちょびとしか通らない。
 先に飲み干した類沢がペットボトルを指先で緩く回す。
「あの昨日は本当に……本当に」
「いいよ、もう」
 言葉が続かない。
 必死で頭を回転させていると、頭をなでられ、そのままぐいっと引かれた。
 胸元の熱にかあっと熱くなる。
「それとも、お仕置きされたい?」
 見上げてはいけない。
 きっと呑まれる。
 それでも俺は、顔を上げた。
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