あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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どちらかなんて選べない

どちらかなんて選べない01

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 世の中大人の事情なんて言葉に甘えるのはダメ人間だ。
 生涯添い遂げると舌先で誓っておいて、他の女に愛を囁く。
 多目に見ろ?
 バカじゃないのか。
 悪いのはお前だ。
 責任とれ。
 そう……今までは思っていた。

「どこ見てるの、瑞希」
 しかし今は、浮気相手に恋人とデート中に遭遇した男の気持ちが痛いくらいにわかる。
 変な汗が出てくる。
 心臓も凄い鳴ってる。
 なんでこんな焦ってんだ。
「雅、どした」
「見知った顔があるなってね」
 篠田が腕を掴む。
「彼女と一緒だろ」
 良かった。
 チーフが止めてくれる。
 俺はホッとして伝票に手を伸ばす。
 映画館に行く時間だ。
 河南の機嫌は外で直してもらおう。
「今行って奪って来い」
「言うね」
 カタン。
 伝票が床に落ちる。
「もう……なにしてるの」
 屈んだ河南の向こうで二人と目が合う。
 開始のゴングが鳴った気がした。
「ありがと、河南。外に出ようか」
「へ? やだ」
 やだじゃなくて。
 ぷいっと俺に背を向けて続ける。
「昨日何してたか言うまで瑞希のいうことはなにも聞かないから」
 だから言ったら余計に状況が悪化するんだって。
「いいから外に」
「久しぶり、河南ちゃん」
 言葉が切れる。
 彼女にとっては三度目の声。
「る……類沢様?」
 ちょっと待て。
 色々言いたいことを堪え、俺は立ち上がって二人の間に立つ。
 視界の端で、篠田が煙草を片手に愉しげに笑って観察している。
「今日はオフですよ、類沢さん」
「そうだね」
「奇遇ですねっ」
 ある意味機嫌が好くなった河南が手を差し出す。
 類沢は快く応えて握手する。
「瑞希がお世話になってます」
「そんなこと云わなくていいっ」
「瑞希はよくやってくれてるよ、ホストの仕事も慣れてきたみたいだし」
 ああ。
 こんな話をしている場合じゃない。
 いつヤバい質問が飛び出すかもわからない。
「ひとつ訊きたいんですけど」
 河南が手を組んで唇をすぼめる。
「ナニ?」
「瑞希はどこに住んでるんですか」
 俺の制止虚しくレッドゾーンの質問が突き出される。
「ああ、それは……」
 真剣な眼差し。
 俺を心配してくれての質問。
 なのに気分は最悪だ。
 だって……
「僕の家だけど?」
 この男がこう答えないわけがないから。
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