あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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随分未熟だったみたい

随分未熟だったみたい08

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 空になったグラスを運び、洗い仕事をこなす三嗣に渡す。
「あれ? 瑞希さんどうしたんですか、そんなピッチリ着ちゃって」
 俺は一番上まで留めた襟元を、素早く手で隠す。
「いや……今朝ちょっと」
「ああっ。大変でしたよね」
 カチャン。
 壁に固定された二本の鉄にグラスを引っかけていく。
「玲でしたっけ。あいつえげつないドラッグ集めてますから……本当に厄介ですよね。痣でも出来たんすか」
 途中から気が気じゃなかった。
 次から次へと思い出したくないことをいってくれる。
「えと、そういうんじゃないから」
 早く立ち去りたくて、後ずさる。
 三嗣は手を止めた。
「瑞希さん」
「な、なに?」
 冷や汗が流れる。
 空気が固まって動けない。
 勘づかれたのだろうか。
 襟の中に隠したキスマークに。
 そういえば、初めから三嗣は俺を疑っていた。
「あの」
「お大事に」
 明るい笑顔に脱力する。
「ありがとう」
 パッパッと水を払い、専用の布巾を棚から取り出す。
 慣れた手つきでグラスを拭う。
「今日は一兄とローテーション組んでますから瑞希さんは休んでください。トイレ掃除も大丈夫ですから」
「え?」
「チーフが今日はよく店内を見て回ってるでしょ。蓮花さん来るんですよ、そういう日です。急いで出迎えにいった方がいいんじゃないですか」
「そうなのか、わかった。ありがとうな!」
 早足で店内に戻る。
 玄関に向かおうとした時、視線を感じ取った。
 店の中央から。
 一瞬だけそちらを確認する。
 離れてもわかる蒼い眼。
「類、沢さん?」
 呟き終わる前に目線は隣の女性に向いてしまった。
 けど確かに、確かに見られていた。
 ドクドクと血が騒ぐ。
 行為を覚えている体が疼く。
 今はあんなに遠くにいるのに、体を密着させていた感覚が生々しく蘇る。
「はっ……」
 なんとか深呼吸しようとする。
 けど上手くいかない。
 足を後ろに下げる。
 玄関ではなく、俺は手洗いに向かった。
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