あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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殺す勇気もないくせに

殺す勇気もないくせに09

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「どっち?」
 袖を捲りながら尋ねる。
「左に」
 類沢は針の先に眼を落とす。
 皮膚に押し付けると伝わる冷気。
 異物を退ける肌。
「あと二十秒ですよ」
 類沢はその声の主ではなく、瑞希を一瞥した。
 ぐたりとしたまま動かない瑞希を。
 聖も目線を辿る。
「十秒……」
「くくっ」
 腕時計から顔をあげる。
「馬鹿だね、聖は」
「何を……」
 類沢は笑みを崩さずに針を押し入れた。
 その痛みにも表情を変えない。
 決して逸らされない視線に耐えられなくなった聖が後ずさる。
 カラン。
 空になった注射器が跳ねる。
「み、やびさ……ん」
 腕を押さえた類沢が身を屈める。
「ナニ……その心配げな顔」
 玲が楽しそうに背中を揺らす。
「すげぇよ、あの類沢雅がマジでヤクを打ちやがった。なあ、今どんな気分だ? なあ、類沢さんよ」
「黙ら、せて」
 類沢が深く息を吐く。
 聖は手で玲を静かにさせた。
 倉庫から音が消える。
 聞こえるのは類沢の息遣いだけだった。
 長い黒髪が揺れる。
 眼を見開いて、それから瞑る。
「はぁッッく、あー……やっぱりキツいね。これは」
 聖が口を覆う。
 首を振りながら。
「これ、瑞希も体験……っ、したんだね……はッ」
 類沢の影が崩れた。
 片膝を着いた彼に玲が口笛を吹いた。
「死んだら殺すぞ、雅」
「……ははは、わかってるよ春哉」
 やりきれなさに篠田は歯を食い縛る。
 誰もがぞくぞくとした悪寒を感じていた。
 完璧に思われた男が息を荒くして、痙攣している。
 それだけで背中が冷たくなる。
 犯してはならない禁忌に手を出してしまったかのような。
 一番は聖だった。
 これまでの冷静さが抜け、少年の如く呆気にとられている。
 玲すら固まった。
「ちょっと……ヤバいかも」
 額から汗が伝う。
 精神力だけで息を落ち着ける。
「もういいだろ、雅」
 篠田に手をかざす。
 顔は玲を見上げて。
「さっさと、瑞希を……離して」
 はね除けるつもりだった。
 しかし玲は瑞希を類沢の隣に横たわらせた。
 そっと。
 震える指で瑞希の髪を掻き分ける。

「おかえり」
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