あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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体を売るなら僕に売れ

体を売るなら僕に売れ11

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「次の患者が来るから、早めに出て行くよ」
 俺はいくつも言葉を飲み込んだ。
 見てたんですか。
 聞いてたんですか。
 蓮花さんに何か言われましたか。
 俺、ちゃんと断りましたよ。
 ああいうのがタブーですか。
 断って正解でしたか。
「あ……はい」
 類沢は頷いてから歩いてくる。
 何か云われるかと思ったら、シャツを正された。
 知らぬ間に蓮花がボタンを外していたみたいだ。
 冷や汗が吹き出すのを必死で隠し、頭を下げる。
「傷痕綺麗になったね」
「ですね…」
 悠は腕は良いのだろう。
 なにせシエラお抱えの医者なのだから。
 鏡で確認した時、俺も同じことを思ったのだ。
 これなら客に心配かけたりしない。
 多分。
 類沢は意味ありげに俺の頬に視線を走らせ、玄関に向かった。
 頬。
 蓮花にキスされた場所。
 とにかく背中を追うしかなかった。

「もう来んなよ」
 悠がそっけなく言った。
 隣で鏡子が小突く。
「そんな捻くれた言い方やめなさいよー。もう怪我しないでねって優しく」
 だが悠は口を結んだ。
 対照的な夫婦だ。
 楽しそうなくらい。
 蓮花は先に帰ったらしい。
 飲んでいたからタクシーだろうか。
 類沢とは入れ違いだったようだ。
 安心なような、不安なような。
「ありがとうございました」
「今度は自分の金で来い」
「また来ていいんですか?」
「怪我したらな」
 だからするなよ。
 そんな響きがした。
 栗鷹診療所。
 好きになってしまった。
 また来たい。
 不謹慎なことを考えてしまう程。

 車に向かう途中で、前から人影が近づいて来た。
「おやおや~? 雅さんじゃないですかぁ」
 類沢が小さく舌打ちをするのを見てしまう。
「これはこれは、雛谷空斗さん。気持ち悪い位奇遇ですね」
「つれないですねぇ。流石はシエラの悪魔だ」
 わかる。
 端からでもわかる。
 この二人は犬猿の仲って奴だ。
 白のズボンに黒いシャツ。
 肩までのカールした髪が月光に照らされる。
「新人ですかぁ?」
 俺を捉えた瞳から守るように類沢が腕で俺を隠す。
「触れないでくれますか? うちの大事な従業員で怪我人ですから」
 雛谷は伸ばした手を握り締める。
「可愛ぃ……欲しいです」
 類沢が目を細める。
「其方にも同じ年齢の新人が大勢いるじゃないですか」
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