あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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体を売るなら僕に売れ

体を売るなら僕に売れ10

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 カタン。
 ドアに半身をもたれる女性。
「蓮花、さん」
「はじめまして、ですって」
 クスクスと笑う。
 そう。
 俺は失言をいつ撤回しようか考えていた。
 余りに店と違う雰囲気に、彼女だとわからなかったのだ。
 初の、唯一の指名客を。
「怪我痛そうね」
「大分よくなりましたよ」
 蓮花が近づく。
 ドアが閉まった。
 その途端ビクンと自分が警戒した。
 密室だからか。
 いや、目の前の女性にか。
「雅に可愛がられてるのね」
「そう見えます?」
「えぇ、羨ましいわ。雅が」
「えっ」
「瑞希を独占してるんだもの」
 さらに当惑する。
 もう殆ど密着する位蓮花が寄り添っていた。
 薔薇のような香りが舞う。
 胸が当たる。
 危うく反応しそうな自分を押しとどめる。
 河南がいるんだぞ。
 あのメールを思い出せ。
 だが、グルグルする思考を香水がさらにかき乱す。
「試さない?」
「……なにをですか」
 蓮花の右手が首筋を撫でる。
「相性よ」
 心臓が静まらない。
 俺は壁に背中をくっつける。
 逃げられない。
 蓮花の妖しい瞳が迫る。
 黄色?
 チラと光る色に緊張してしまう。
「俺……彼女いるんで」
 そう避けようとしたが、肩を撫でられただけで脱力してしまう。
「蓮花さん?」
「この後暇?」
「え、いや」
 じーっと、獲物を捕らえる目で舐められるような。
 ゾワゾワする。
 嫌な感じじゃなくて。
 なにかを冒してしまいそうな。
「一晩付き合ってくれたら五十万あげる」
「なにいって……」
 蓮花は本気だ。
 息が詰まる。
 なにやってんだ。
 早く断れ。
 しかし、唾を呑むしかできない。
 俺の気持ちを全部読み取ってるんだろう。
 楽しそうに待っている。
 返事を。
―寂しいよ―
 バッと振り払う。
「やっぱり……ダメです」
「そう」
 蓮花は意外にも全くダメージがないように俺の頬にキスをすると出て行った。
 まるで、チャンスはまだまだあるとでも言うように。
 パタンとドアが閉まる。
 乱れたシャツを直しながら、大きく深呼吸する。
「はぁあああ……」
 怖かった。
 断れないかと思った。
 胸をなで下ろし、もう一度口をゆすいでから顔を洗う。
 それから鏡を見ると、類沢がいた。
「うわっ」
「話長かったね」
 いつから?
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