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体を売るなら僕に売れ

体を売るなら僕に売れ08

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 それは錯覚だった。
 類沢は鏡子に近づき、優しく髪を梳く。
「……貴女に会いたい口実をわざわざ作って来たというのに、つれないですね」
「あら……」
 俺は口を真一文字に結ぶ。
 でなければ叫びそうだったから。
 俺は餌ですか、と。
 白衣をなびかせ、悠が診察器具を持ってきた。
 妻が誘惑されてますよ。
 そう云いたくなる。
 だが、慣れているんだろう。
 なにせホストしか来ないのだ。
 何人もあしらって来たに違いない。
 鏡子をチラリと見て寒気がする。
 このチェリーボーイ。
 そんな声が聞こえたのだ。
「こっちだ」
 悠について行く。
 カーテンで仕切られた部屋を横切る。
「入院設備もあるんですか?」
「一応な」
 はわー、と息を漏らす。
「酷い時はナイフで刺された輩も来るからな」
「通り魔ですか?」
 立ち止まる。
 悠は眉をしかめて俺を見た。
「それ、素か?」
「はい?」
 なぜか、呆れられたようだ。
「苦労するぞ……」
「すみません」
 謝りたくなってしまう。
「喧嘩だ。いや、抗争だな」
「ヤクザに巻き込まれたんですか」
「ホストのだ」
 悠の声に苛立ちが混ざる。
「ホストの?」
「ったく。雅はもっと教育すべきだよ。そのうち知ることになるさ。ホストは縄張り争いで血を見るからな」
 ぞわり。
 あれ、寒気。
 後ろでは鏡子と類沢がまだ話していた。

 扉をくぐると、女性が座っていた。
 グラスを片手に、診察台に座って。
「あら? 家出少年でも匿うの?」
「患者だ」
 鏡子と違い、白衣ではない。
 白いネックに、毛皮のポンチョ。
 ピッチリとした黒ズボンが、妙に艶やかに見える。
 真珠のようなピアスがまた存在感を浮き立たせる。
「そう、この子がね」
「はじめまして」
 なんだろう。
 緊張する。
 普通の女性なのに。
 醸し出す雰囲気が並ならない。
 なんでだろう。
「傷は?」
 悠がガーゼとピンセットを用意する。
 ボタンを外し、上半身を見せる。
 女性が息を呑んだ。
「……黒痣になってんな。一番はその火傷か?」
「そうですね」
「結構殴られたな」
「いつっ……」
 触診にすら痛みが走る。
 悠は短髪をガシガシ掻いて、薬の瓶をいくつか取り出した。
「滲みるが、我慢しろ」
 頷いて、後悔した。
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