あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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体を売るなら僕に売れ

体を売るなら僕に売れ03

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 この部屋にいるのも慣れてきて、少し行動が大胆になる。
 机の引出にウズウズする。
 玄関を確認し、類沢が来る気配が無いと判断して取っ手に指をかける。
 ギギ、と小さく軋んだ。
 主人以外を拒むように。
 しかし、それからはスッと引き出せた。
「わぁーお」
 声を上げてしまう。
 整然された、というか。
 これしか入ってないのか、というか。
 眼前にはハンカチと手紙が数通。
 それにメモリースティックが二本。
 ペンも転がっている。
 引出の地が見えるくらい少ない中身に些か残念感が漂う。
 でも、これが類沢なんだ。
 そう納得する。
 無駄なものは留めない性格なんだろう。
 自分の部屋を思い出して赤面する。
 なんと散らかってたことか。
 手紙を一つつまみ上げる。
 跡すらつけちゃいけない気がして。
「……弦宮……麻那?」
 マナ、の発音が自信ない。
 珍しい名前だ。
 丁寧な筆跡で、類沢雅様と綴られている。
 ラブレターかな。
 悪戯心が疼く。
 耳を済ませる。
 まだ帰って来てはいない。
 解かれた封に指を入れる。
 一枚の紙が出てきた。
 それを開いた瞬間、俺は手紙を元に戻した。
「ただいま、瑞希」
 玄関が開いたから。
 急いで引出を閉め、ベッドに倒れ込む。

 俺は寝てた。
 寝てたんだ。
 なにもしてない。
 頭でグルグル言い訳して。
 ガサガサと買い物袋の音がする。
「軽い夕飯買って来たんだけど……って瑞希?」
 ようやくリビングにいないのを悟った類沢が此方に歩いてくる。
 あぁあ、やっぱりベッドはダメだったかも知れない。
 普通にタンスの前で着替え探してた、とかなら良かったかな。
 寝息を立てながらも心臓はバクバクしている。
「寝ちゃった?」
 穏やかな声が尋ねる。
 はい、寝てます。
 そう返したくなるのを我慢して、演技を続ける。
 溜め息を吐いてから類沢はベッドに近づいて来た。
 ヤバい。
 バレてる?
 さらに心拍数を上げる。
「僕も寝かせて」
 そう言って、類沢は隣に倒れた。
 目を開けられないが、多分すぐ隣。
 この距離感は怖い。
 俺は指一本動かせなかった。
 不意に睫毛を撫でられる。
 目尻に沿うように。
 ギュッと眉を寄せると手は離れた。
 代わりに唇に触れてきた。
 親指でなぞられる。
 それから、違うものが重なった。
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