あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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郷に入ればホストに従え

郷に入ればホストに従え18

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「ありがとうございました!」
 何人客を見送ったか。
 勿論、指名客はそう増えない。
 あの蓮花って人だけだ。
 シャツのボタンを一つ緩ませ、手洗いに行く。
 鏡を見ると、やはり目立つ。
 篠田蓮花にも気づかれた。
 他の客にも気づかれかねない。
 またボタンを戻す。
 こんなピッチリ締めてては、客だって来ないだろう。
 自分の顔を眺める。
 こんな奴と数十万で飲みたいか。
 そして類沢を思い浮かべる。
 足元にも及ばない。

「お疲れ」
 掃除が終わって裏口に向かう途中、篠田が声をかけてきた。
「指名客をとったみたいだな」
「はい……なんとか」
 篠田は煙草を吸って、白い息を物憂げに吐く。
「蓮花が選んだのは……お前か」
「はい?」
「いや……捕まえとけよ。云っておくが」
 間が空く。
 顔を寄せて、篠田は囁いた。
「あの女は強いぞ」
 なんたって従姉妹。
 よく知る間柄なんだろう。
 二人が仲良く話している姿は想像出来ないが。
 似てる。
 空気が。
「それから、これ」
 篠田は小さな名刺を手渡す。
 見ると診療所だった。
「うちは水商売だ。嫌な噂で店が傾く。店内抗争なんて面倒は御免だからな。闇医者を何件か抱えてるんだ。特に栗鷹の口の固さは保証する。後で手当てしてこい」
「あ、ありがとうございます」
 また一つ知る。
 もしかして、あんな嫌がらせもありふれているのか。
 それは怖い。
 篠田は頷いてから、事務室に戻って行った。
 入れ替わりに類沢がコートを羽織ってやってくる。
「待ってたの?」
「まさか」
「まさか?」
 類沢の片眉が持ち上がる。
「ああ! いえ、待ってました」
「そう」
 じゃ、行こう。
 そう言って、彼は俺と共に店を出た。

「動くなって」
「痛いんですもんっ」
「このくらい我慢しなよ」
「無理……ですッッ……いった」
「跡が残るよ」
 俺は身を捻りながら、類沢の持つガーゼから逃れようとする。
 アルコールを浸したそれは、余りに傷口に沁みる。
「膿んだら困るのは誰?」
 口調は優しいが、容赦ない。
 冷や汗が流れ、何度も歯を食いしばる。
「もういいでしょ!」
「はいはい。じゃあ、バンド貼るよ」
 それだけは、痛くなかった。
「楽になった?」
「少し…」
 嘘。
 本当は随分動きやすくなった。
 本当に。
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