あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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郷に入ればホストに従え

郷に入ればホストに従え12

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「……」
 お互い額を抑えて悶絶する。
 数秒間気まずい沈黙が流れた。
「……随分な挨拶だね」
 低い声で類沢が毒づく。
 その声が、店での冷たい声と一緒だったので俺は一気に背筋が冷たくなった。
「す、すみません!」
 ジンジンする額を擦りながら謝る。
 類沢は前髪を掻き分けて、微笑んだ。
「貸し一つね」
「え?」
 その笑顔が怖い。
「いつか返してもらうよ」
 ぞわ。
 寒気。

 類沢はキッチンに入り、朝食を作り始めた。
「いつも、自炊なんですか」
 香ばしい匂いを漂わせるそこに近づく。
「まあね」
 類沢は慣れた手つきでスープとトマトソースを作り、パンを焼いた。
 スクランブルエッグにソースを絡め、牛肉を炒める。
 胡椒を利かせて、全てをプレートに乗せ持ってきた。
「美味そう……」
「ありがとう」
 つい呟いてしまった。
 類沢は嬉しそうに笑って、テーブルに置く。
「アールグレイとチャイならどっちが好き?」
「チャイ……?」
 首を傾げる俺を見て、彼は溜め息を吐くと棚から紅茶を取り出した。
「アールグレイにするよ」
 お前はわかんないだろうけど。
 そんな響きで。

「久しぶりだなぁ」
「何がですか?」
 朝食を終えて、紅茶を楽しみながら彼が独り言のように云った。
「誰かと朝食」
「女の人とは食べないん」
「食べないよ。作らないし」
 遮るように答えられた。
「朝は紅茶飲んで帰らせる」
 俺は自分が今座っている席に、何人の女性が座ったか想像する。
 同じように紅茶を飲んだのか。
 気づくと、類沢が優しい目でじーっと俺を見つめていた。
 少し細めたその目が厭らしい。
 俺は初めて人の眼を見るのが怖いと思った。
 キョロキョロと、目線を逸らしてしまう。
「化粧したら?」
「は?」
「少し、隈が目立つからね」
 そういう意味か。
 本気で女性として扱われるのかと思ってしまった。
「おいで」
 洗面所に連れて行かれる。
 壁一面の鏡を前に、俺を真ん中に立たせると引き出しから色々と取り出し並べる。
「化粧の経験は?」
「ない、です」
「ないんだ」
 顔を洗って、化粧水をつけ馴染ませるように指示される。
 それだけで十分な気もするが。
 類沢は薄い色のファンデーションを指で掬うと、両頬につけた。
「全体に広げて」
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