どこまでも玩具

片桐瑠衣

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晒された命

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 否定、しなかった。
 類沢に釘を向けると。
 釘は凶器。
 凶器は殺意。
 頼むから、約束を守ってくれ。
 その一瞬が大事なんだ。
 あの身体能力なら、それだけで雅樹から奪い取れるはずだ。
 視界が暗くなる。
 世界が遠くなる。
 あいつ……何倍のを使ったんだ。
 確実に俺を眠らせておきたいんだろう。
 邪魔されたくないんだろう。
 聞かれたくないんだろう。
 でも、ごめん。
 俺は聞かなきゃダメなんだ。
 だから薬を吐き出した。
 手足が動かなくなる。
 ダメだ。
 眠ってはダメだ。
 舌を噛む。
 でも力が入らない。
 朦朧とする意識の中で、雅樹の言葉が反芻する。
―死にたいの?―
 じゃあ、あんたは誰をヤる気だ。
 それだけはさせない。
 先生。
 迷わないでくれ。
 俺が作った隙を、潰さないで。
 もし、迷ったら?
 それこそ、本当に会えなくなる瞬間だ。
 時間の感覚が消える。
 せめて、早く来て。
 先生。





 病院に着くと、瑞希はすぐに白衣の連中に運ばれていった。
 ガタガタ。
 転がる音。
 器具が揺れる音。
 何かが装着される音。
 耳元には全てが押し寄せ混ざり合うように届いた。
 救急外来にしては珍しく、人はいなかった。
 音が扉に吸い込まれ、閉じる轟音の後に何も聞こえなくなった。
 肩でしていた息も、静かになっていた。
 携帯を取り出す。
 番号を押そうとして、思い出した。
 瑞希には、ここに来る肉親がいないことを。
 妹は県外の実家。
 日付が替わる前には来られない。
 番号もわからない。
 宙に止まった指先が、力なくある数字を押した。
「……もしもし?」
 少し焦った涙声。
 後ろで聞き慣れた声もする。
「麻那さん」
「雅? 雅なのね。アナタ今どこにいるのよ、もう三時間にもなるわよ」
 本当に、貴女は母だ。
「なんで、病院なんかに」
「今日は帰れそうにありません……約束を破るのは二回目ですね」
「いいの、そんなこと。なにがあったの? 瑞希って人は一緒なの?」
「一緒でした」
 受話器の向こうで、貴女は混乱しているだろうか。
 僕の代わりに。
「あっ。ちょっと有紗ちゃ……」
「類沢せんせっ! どこにいるんですかっ。今日、せんせに伝えたいことがあるんです! 私は……」
「仁野有紗。あとでいくらでも聞いてあげるから、今は黙って」
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