189 / 206
晒された命
15
しおりを挟む彼が貴方に殺意を抱いたように、私もいつかは狂うのでしょう。
そう思うと、随分空っぽで。
「雅のことが、好きなのね」
弦宮は穏やかな声で言った。
問うようにではなく、確かめるように。
だから有紗も素直に頷いた。
「アナタは……」
カチカチ。
時計が鳴る。
「どこに惹かれたの?」
「へ?」
ハンカチを握り締めてキョトンとする少女が可愛らしく思えた。
彼女は自分が雅に出会った時よりも若いのだな、と実感して。
「私はね――」
私はね。
あの眼が最初だったわ。
小学生の癖して、嫌に醒めきっていた。
遊具ではしゃぐことも、絵本に夢中になることもなく、いつも施設のカレンダーを眺めて、裏の菜園に座っていた。
世界の写真は大好きだったわね。
建物より、渓谷とか。
自然が好きで、飼育も手伝ってくれた。
中学に入ると、突然大人びてきて、近寄りがたくなった。
その雰囲気に目を奪われるの。
長い髪に隠れた顔の下では、本当の思いはわからない。
同年代から浮いていた。
この頃から喧嘩が耐えなくなっていたのよね。
高校では怪我が消えた。
喧嘩がなくなった訳ではなくて、無傷で勝つようになってしまった。
止めるべきだったかもしれない。
でも私はね、拳を振るう雅も好きだったから出来なかった。
「……弦宮さんは、先生とはどういうご関係ですか?」
遠い目をして、彼女は答えた。
「母、かしら。母以上の存在にはなれなかった存在よ」
「そうですか。私は、生徒以上にはなれなかった存在ですよ」
えへへと笑いながら泣く有紗を弦宮は抱き締めた。
わんわん泣いてもいい。
女は泣く生き物なのだから。
「せんせは……っ、瑞希が好きなんです……う……私なんて適わないくらいに、好きなんです!」
何を云ったら慰めになるんだろう。
きっとなにもない。
「せんせは……先生辞めたり、しないですよねっ」
弦宮は手に力を入れて、それから玄関を向いた。
低い声で、囁く。
「辞めたりなんか、させないわ」
雅は幸せものね。
こんなに愛してくれる人がいて。
それから不幸ものね。
こんなに愛してくれる人を選べないなんて。
そんなことより、私は随分滑稽な生き物ね。
時刻は十時。
まだ、帰って来ないつもり。
雅。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説






サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる