どこまでも玩具

片桐瑠衣

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晒された命

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―雅先生、俺……先生のそばにいると心が休まらないんですよ―

―おやおや。いつの間にか嫌われてた?―

―そうじゃなくて!―

―僕は安まるけどね―

―はい?―

―お前は純粋過ぎるから―

―褒め言葉ですか、それ―

―好きに受け取りなよ―





「類沢先生っ!」

 過去が一瞬にして消える。
「な……んで」
 雅樹の手が揺れ、地に落ちる。
 力が抜けて、凶器が散らばった。
 ガタン。
 座り込んだ青年の腕に、鉄が食い込んでいる。
「瑞希!」
「あ……痛いですから……先生。これ、どうしたらいいんですか、ね」
 類沢は頭が白くなっていくのを感じた。
 腕だけじゃない。
 横から飛び込んで代わりに受けたんだろう。
 脇から斜めに、心臓に向かって突き刺さっている。
「か、ん……覚無い、んで……わかんない…ですけど」
 手が痙攣している。
 薬が切れていなかったんだ。
 だが、今回はそれが幸いしたかもしれない。
 急いで携帯を取り出し救急車を呼び出す。
 雅樹は呆然としたまま、瑞希の前に立ち尽くした。
 その唇が「なんで」「どうして」を繰り返している。
「瑞希、瑞希! 聞こえる?」
 力の無い目。
 瞬きすらせず、瞼が震える。
「錆が入るとまずいから抜くよ? 大きく呼吸して。し続けて」
「は……い」
 類沢は目を背けたい傷をしっかり見極めて、一気に引き抜いた。
 鼓膜を裂くような痛々しい音と悲鳴の後、瑞希は意識を失った。
 すぐに大きめのハンカチを巻き、キツく縛り付けた。
 血は止まらない。
「雅樹!」
 ブツブツと呟いていた雅樹が、青ざめた顔で首を振る。
「殺人犯になりたくなければ早くそのシーツ外して持って来い!」
「え……あ」
 すぐにそれで上半身を締める。
 腕も同様に処理をしなければならない。
 いつも持ち歩いている包帯が今あればと思ってしまう。
「それ、全部拾って」
「え」
「どっかに隠して、捕まらない言い訳を救急車が来るまでに考えておきなよ。庇う気はないし、間に合わなければ裁判に原告じゃなくて被告として立たせるから」
 涙を流す雅樹を置いて、一階に下りる。
 安静が一番だが、この狭い階段を担架で降ろす方が負担が大きい。
「瑞希」
 瞑った目から思いは読み取れない。
「会わせたい人がいるんだ。死なないで」
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