どこまでも玩具

片桐瑠衣

文字の大きさ
上 下
158 / 206
立たされた境地

7

しおりを挟む

―お揃いですね。俺と先生の名前―

 ギシリ。
 起き上がり、隣に眠る瑞希に目を向ける。
 静かに寝ている。
 頭痛がする。
 先日からの、やまない頭痛。
 原因をやっと知れた。
 今日を予感していたんだろう。
 ベッドから降り、寝室を出る。
 まだ日付も変わらない時刻。
 今日、瑞希を連れて来たのは間違いだったかもしれない。
 いつもの様に、家に降ろしてくれば、あの青年に見られずに済んだのに。
 抱きたくなった。
 それだけの理由。
 篠田が朝の職員会議で言った言葉に触発されて。
 ソファーに座り、煙草を取り出す。
―先生が煙草を吸うとこ、好きですよ。格好良くて―
 目頭を押さえる。
 味がしなくて、すぐに灰皿に押し付けた。
 雅樹に邪魔をされた気がする。
 西雅樹。
 何を企んで今更現れる。
 二本目に手を伸ばし、やめる。
 月明かりが灰皿に反射する。
 壁に光が模様を描いている。
 この光。
 雅樹と見たことがある。
 海が好きな彼が、好きだった光。
 目を閉じる。
 眠気はない。
 闇の中に引き摺り込もうとしてくるのは、自分の過去。
 学園に赴任する前の。
 前の、学校の。
 雅樹の学校の。


「先生! 怪我しました、もうすぐ死にます!」
 勢い良く飛び込んできたジャージ姿の生徒に、類沢はつい笑ってしまった。
「大丈夫。それだけ意識がハッキリしてれば死なないよ」
 生徒は息を切らしながら、ヨロヨロと歩いてくる。
「そこに座って。消毒するから」
「このガーゼで拭けばいいんですか?」
「勝手にやらないの」
 四月に新任し、もうすぐ三カ月。
 六月の鬱陶しい湿気が満ちている。
 毎日来る女生徒達を追い返すのも慣れた時期だった。
 腕から流れる血を丁寧に拭う。
 死ぬと云った割には、随分平気そうだ。
 耐えているだけかもしれないが。
 包帯を巻き、固定する。
「何で怪我したの」
「え……喧嘩?」
「僕に訊かないでよ」
「喧嘩です」
 生徒はバツが悪そうにした。
 喧嘩か。
 自分もよくした。
 孤児院育ちというだけで、因縁つけてくる馬鹿が多かったから。
 おかげで体は鍛えられたが。
 感謝はしていない。
「勝ったの?」
「勿論」
 誇らしげに胸を張る。
 類沢は記録表を取り出した。
「名前とクラスは?」
「三年五組、西雅樹です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...