どこまでも玩具

片桐瑠衣

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質された前科

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「愛してるよ、哲」

 視界が定まらない。
 立っている地面さえ、確かじゃない。
 纏わりつく寒気と、静けさ。
「あ……」
 足を後ろに引く。
 何度も聞いた呪縛を払うように。
「愛してる」
 瞳孔が開く。
「なのに、どうして……」
 影が近づく。
「逃げたりしたんだ?」
 その手に捕まえられれば、二度と帰れなくなってしまう。
 中学がまともに行けなかったように。
 休日はベッドに括り付けられたように。
「と……うさ」
「怒ったりしないよ。哲がしたことには。だから、一緒に帰るぞ」
 タタタッとよろめく。
 父親の影が自分に重なる。
 倒れそうな体を支えられていた。
 あの腕が。
 あの手が。
「……っ離せよ!」
「哲……」
 そんなに失望した顔をするな。
「覚えてるんだろ? あんたの息子はっ、殺したい程父親を憎んでるんだよっ!」
 なんでだ。
 言葉が空気に溶ける。
 全然響いてない。
 依然手の中にいる。
 耳に口づけされる。
「ひっ」
 全身が鳥肌立つ。
「あぁ、哲。なんて久しぶりなんだろう。こうして近くにいるのは。大丈夫、簡単だよ。また戻ろう。あの日々に」
 叫べ。
 逃げろ。
 体中の警告を聞け。
 動け。
「無駄だよ、哲」
 がくりと力が抜ける。
 視界が狭まってゆく。
 息が出来ない。
 意識が遠のいていく。
「だって……誓ったじゃないか」
 車に運ばれる。
 鞄も足元に投げられた。
 ドアが閉まる。
 音を立てて。
 早く、逃げなきゃ。
 帰れなくなる。
 帰れなくなってしまう。
「みぃ……ずき……けい、ご」
 呂律が回らない。
 どうして。
 平和な暮らしを望んだのに。
 少年院で耐えたのも、父親から逃れるためなのに。
 親族とも縁を切った。
 願ったのは一つじゃないか。
「哲も気に入るよ。新しい家」
 あの家には、戻れない。
 友達がいる、あの家に。
 帰りたい。
「心が躍るよ。わかるか、ずっと嬉しくて仕方ないんだ。哲に会えた。また一緒に暮らせる」
 その真逆だよ。
 会いたくなかった。
 二度と暮らしたくなかった。
 目を閉じない抵抗も失われる。


―みぃずきはさ―

―ん?―

―なにが幸せ?―

―…難しいな―

―みぃずきは考え過ぎてるんだ―


―世界はもっと単純で、願ったら叶うんだよ―
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