どこまでも玩具

片桐瑠衣

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任された事件

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 放課後、保健室を見に行くと、類沢が一人だった。
 少し開いた戸から中を見る。
 机に向かい、ペンを滑らせている。
 仕事している姿は久しぶりだ。
 忙しそうだ。
 俺は玄関に歩いた。
 なんてこと。
 なんてことに気づいてしまったのか。
 仕事もあるのに、あの日俺の世話を何から何までしてくれたなんて。
 屋上まで探しに来て、手当てをしてくれたなんて。
 下駄箱にもたれかかる。
 眉間に皺を寄せて、難儀な書類を片付ける彼を思い出す。
 目を閉じて、また開ける。
 明日、もう一度話してみよう。
 類沢と。
 お礼、云わなきゃ。

 翌日の昼休み、俺は化学準備室の扉に背中をつけて、泣いた。
 保健室に不在だった類沢が、ここに入るのを偶然見かけてついて行ったのだ。
 そこには雛谷が待っていた。
 俺は鳥肌を押さえて扉の影に隠れた。
 そして、二人の会話を聞いたんだ。
「元気そうですね、雛谷先生」
 薬品の棚に向かっていた雛谷が手を止める。
 入ってきた白衣を見て、あからさまに嫌悪を示した。
「やっぱりアナタは最低ですねぇ」
「どうかな」
 ガタン。
 一歩近づいただけで、雛谷は後ずさり机にぶつかった。
 その様子に、類沢は苦笑する。
「何に怯えてるんです?」
「あ……判らないでしょうねぇ? 犯された者の気持ちなんて」
 間が空く。
「経験でもあるのか?」
 類沢から敬語が消えた。
 だが、不思議にもその方が口調が柔らかく響いた。
「誰にも……誰にも云わなかったことですよ。くく、噂ってのはアテになりませんよね。類沢先生?」
「二年前の噂か」
「あれは出鱈目ですよ。部活が終わって、中峰という男子が残ってねぇ……襲った? 冗談じゃない。襲われたんだ」
 類沢は黙って耳を傾ける。
「卒業したけどね。して良かったぁ……二度とあの面を見なくて済んだんだから。卒業式の後に、あの男の記念品に硫酸をかけちゃって……ふふ、左手は焼けただれてたなぁ」
 遠い目をして語る。
 だが、ふとその目に影が差した。
「まさかアナタが、自分の手を汚さずにあんな手段に出るとはね」
「嘘をついたら許さない、そう言ったからね」
 重い沈黙が流れる。
「このまま終わると思うなよ」
 雛谷が聞いたことのない低い声で毒づく。
「おや、終わらなくていいんだ?」
 冷たい声が反逆する。
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