どこまでも玩具

片桐瑠衣

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任された事件

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「はい……ありがとうございました。心配かけました」
 職員室から出て深呼吸をする。
 もう何度目。
 こんな大事な時期に休んでばかり。
 目頭を押す。
 まだ、表情が固い。
 笑えない。
 帰りたい。
 我が儘な欲求がグルグル。
 山とか行きたいな。
 鳥の声だけ聞いて。
 山頂で日の出見て。
 海でもいいな。
 延々と波に浸かりたい。
 体の汚れを全部落とすんだ。
 浜辺で太陽見て。
 夜は星が綺麗らしいし。
 ていうか……俺……
「鬱になりかけてない?」
 誰もいない廊下で、虚しく言葉だけが漂った。


「これ、やるよ」
 金原がノートを置く。
「……なに?」
「休んでた分の全教科。書き写したから。それなら楽だろ」
「圭吾やっさしぃ!」
「うわっ」
 背後からアカが抱きつく。
「気持ち悪いな! なんでいきなり呼び捨てなんだよっ」
「なんとなく」
 俺は力なく顔を緩ませる。
 楽しそうだな。
 日常って。
―喘いでりゃいいんだよ!―
「……っ」
 吐き気がする。
 金原とアカがふざけあいを止める。
「大丈夫、か?」
 その質問はもう聞きたくない。
 瞼の裏に焼き付いた顔。
 三人の男子。
 多分、違うクラス。
 同じ学年。
 名前は知られた。
 呼び出されるかも知れない。
 ガクガク脚が勝手に震える。
「瑞希……」
 二人に云おうか。

 なんて?

 自分が問いかけてくる。
 雛谷のことも話す気なのか。
 当然訊かれる。
 なんで屋上に行ったのか。
 下らない理由だ。
 なんだよ。
 全部自業自得じゃないか。
 俺はシャーペンをカチカチ鳴らす。
 芯がどんどん出て来る。
 こんな風に、自分の記憶も無くなってしまえばいいのに。
 違う。
 違う。
 そんなことを望んでるんじゃない。
 話したい。
 聞いて欲しい。
 助けて欲しい。
―殺されるかなぁ……―
 えっ。
 記憶の中の類沢が、ふっと笑って手を振った。
―いや、ほら。瑞希の家に見舞いに行ったなんて言ったら、あの二人にさ―
―……言わなくていいですよ―
 あの時間。
 あんなに静かな時間は無かった。
 涙腺がピリッと刺激される。
 認めたくない。
 でも、真実。
―もう大丈夫。―
 自分の全てを知っているのは、類沢だけということ。
 信じられない。
「なんだ……ソレ」
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