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4話 絶望

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「いやーーーーーーーー!!!」

 大絶叫と共に飛び起きたローズ。

「ローズ?!」
 ベッド脇にいたフレデリックはローズの狼狽えぶりに驚き、兎に角落ち着かせようと優しく声をかけ続けた。

 ローズが倒れて3時間。
 ワイバーンの討伐は完了していた。
 今のところ、王都に魔物の進行は観測されていない。

「もう魔物は襲ってこない。安心しろ」
「フレデリック…」

 ローズはいつもの様にフレデリックの胸に飛び込んだ。
 フレデリックの愛用する香水の匂い、逞しい腕に包まれて、とても安心していた。
 
 だが、ローズからフレデリックの表情は見れなかった為、気が付かなかったようだ。フレデリックは無表情だった。

「今日は色々な事があって疲れただろう?ゆっくり休むと良い。誰か、ローズを着替えさせてくれ」 

 フレデリックは扉に向かって歩き出した。
「行ってしまうの?私怖いわ…。側に居て…」

 ローズはいつもの様に上目遣いでフレデリックを呼び止めた。庇護欲をそそるように、計算された仕草だ。
 この仕草をすると、大抵の男は「しょうがないな~、少しだけだぞ」と言うことを聞いてくれた。

 今回だってーーー

「すまない。聖域の件で父上に呼ばれているんだ、行かないと」
「そっ…そうなの…。ごめんなさい、引き留めて」

 フレデリックは振り返らずに部屋から出ていった。

 ローズは一抹の不安を感じた。
『魅了魔法を封印するわ』
 アンリーナの言葉が脳裏に過る。

「ふっ、フレデリック!」
 
 ローズはフレデリックを追って、扉を開けたが、部屋の前に待機していた兵士に行くてを阻まれた。

「ローランド?!」
 行くてを阻んだ人は騎士団長子息のローランドだった。

「中でおくつろぎ下さい」
 ローランドの声とは思えないほど、硬く厳しい声だった。

「怖いよ~、ローランド。一緒に居てよ」
 いつもの様に上目遣いで、懇願した。
 しかし、ローランドの顔はピクリとも動かなかった。

「我らが扉の前におります。ご安心下さい」
 冷たく見下ろすローランドに後ずさりそうになった。

 そんな時、ドアの隙間から宮廷魔導師の子息レイが目に入った。

「レイ!」
 声をかければ駆け寄ってくるレイが、一瞬こちらを見て、そのまま歩き去ったのだ。

 呆然と立ち尽くしていたら、ローランド達に部屋に押し込められた。

 その後、侍女数人が来て、ローズを着替えさせたが、全員何もしゃべらなかった。

 いつもは
 『本日もお疲れ様です』とか
 『祝賀パレードは素敵でしたね』とか
 『ローザ様はいつ見ても美しいですね』とか

 みんなおべっか使って、ローズの機嫌を伺い、彼女を褒め称えていたのに、目線さえも合わせようとしなかった。

 侍女達が退出した後、ローズはその場にペタンと座り込んだ。



 頭の中で、民衆が暴徒化する光景を思い浮かべた。

 真の精霊姫を追い出した悪女。
 王子をたらしこんだペテン師。
 王国を滅ぼした愚かな女。
 
 彼らはローズに押し寄せる。

『助けて』と振り替えるが、ローランドやレイ、アレックスは冷たい視線を向けてなにもしない。

『フレデリック!』
 彼らの中心に居るフレデリックは、ローズを指差し

『この偽物め、よくも騙したな!』

 と叫ぶ。

『違うわ、こんなつもりじゃなかったの!私はただ、私はただ、幸せになりたかったのよ!』



「ああぁぁぁぉぁぁぁぁあぁぁあ!!!!」

 ローズは頭を抱えて、半狂乱になって叫んだ。



×××



 一方その頃。

 フレデリックは王座の間に向かい、足早に移動していた。
「フレデリック様」
「…アレックスか」
 フレデリックは足を止めず、歩き続ける。
 アレックスはフレデリックの後に続き歩く。

「俺はどうしたんだろうか。あんなにローズのことを愛しく感じていたのに、突然彼女への気持ちが無くなった」
「恐れながら申しますと、私もローズ様への感情が無くなりました。ローランド、レイも同様です」
「レイはなんと?」
「何らかの力に影響された可能性があると」
「…アンリーナか?」
「解りません」
「俺達を仲違いさせるつもりか」
「逆かもしれません」

 フレデリックの歩みが止まった。

「逆?」
「ローズ様に対する気持ちだけ変化した事から、もともとローズ様が我々に魔法をかけ、それが無くなったと考える方が自然かと」

 フレデリックは少し考える。
「根拠は」

「私が調べた限り、エルメリーズ侯爵夫妻や、使用人達、王宮に勤める者達も一様にローズ様への気持ちが無くなっておりました。侯爵夫人はアンリーナ様にしてきた事を思い出し、卒倒してしまったそうです」

「アンリーナが皆に魔法をかけた可能性は」
「人数が多すぎます」
「ふむ…」

「俺は騙されていた事に怒るべきなのか、ローズへの愛を失って悲しむべきなのか、それとも偽りの感情から解放されて喜ぶべきなのか…。感情が渦巻いて、処理しきれないのが現状だ」

 窓の外を見ると、太陽が沈みかけ、空が紅く染まりかけていた。

「ローズが居れば幸せだ。民より、国よりローズを優先する。…そんな気持ちでいっぱいだったのが、今は何も感じない。あの執着心はどこに行ったのやら」

 フレデリックはガラスに映る自分を見て、失笑した。

「精霊姫を追い出した愚かな男と…歴史に名を残すのか…」

 自分の情けない顔を見ながら、今までの事を振り返っていた。
 主に卒業パーティーの、あの断罪劇を。

 そして思った。

 あの『断罪劇』はアンリーナが仕組んだことなのではないかと。

ーーーあいつは何の抵抗も反論もしなかった。なぜだ。

ーーー『婚約破棄』を皮切りに『貴族位』を剥奪させ、『国外に追放された』と大義名分を持って、王国を捨てる算段だったのではないか?!

ーーーそうだ。俺は『貴族位の剥奪』はしたが、『国外追放』は口にしていない。そう、『王国から出たら二度と戻らないと約束する』とアンリーナが言ったんだ。

ーーーあれは、あれは…、

ーーー自分が逃げ出した後、聖域が消えたことによる被害や、民の恨みを俺達に擦り付けるため、わざと、断罪させたのだ!

 本当のところはわからない。
 しかし、フレデリックの中でそれは真実のように思えた。

「許さん…許さんぞ!」
 フレデリックは自分が写るガラスを素手で割り抜いた。
 手から血が滴り落ちる。

「姉妹で、俺をこけにしやがって!」

 すごい形相でフレデリックは歩き始めた。
 フレデリックの豹変ぶりに驚きつつも、アレックスは彼の後を追った。

「アンリーナめ、アンリーナめ!!」
 
 王座の間の扉を勢いよく開き
「父上!アンリーナ捜索に行かせて下さい!どんな手を使っても連れ戻して見せます」
 と叫んだ。

 フレデリックの目は憎悪でギラついていた。
 
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