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ダレン外伝 祖国⑦
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宿に戻る前に家に寄った。
家の中は酒ビンや、脱ぎ捨てられた洋服、壊れた家具、ゴミが散乱し虫が集っている所もあった。
俺は口元を布で覆い、使い捨ての手袋と気合いを入れて、家の片付けを始めた。
一階は酷い惨状だったが、二階の寝室は埃が積もっている程度で簡単な掃除ですんだ。
室内のゴミや庭のゴミをまとめるのに、一日を費やした。明日は家具を出して床をブラシで磨こうと思う。
掃除や片付けさえ行えば、住むことは可能だろう。いつまでも宿暮らしするには金銭的に厳しい。ミアの事件が解決するまでとはいえ、その後の移動に金もかかるのだ。節約するに越したことはない。
魔物討伐よりも体の疲労を感じながら俺は宿屋に向かった。
×××
日が沈んだ頃に宿屋に戻った。
女将に昼間の様子を聞くと、ミアは『妊娠』について詳しく知りたいと言ったそうだ。そこで、この前呼んでもらった医者に来てもらい、話をしてもらったと言われた。
ただ、食欲がないと言うことで昼も夜も食べていないらしい。
女将に消化の良い物をお願いし、自分の夕飯とミア用のスープを持って部屋に向かった。
コンコン。
「ミア、俺だ。開けるぞ」
返事はない。
ゆっくりと開ける。
彼女は昨日同様にベッドで膝を抱えていた。
「夕飯、食べてないそうだな。スープもらってきたから食べないか?」
「……いらない」
膝で顔を隠しているので、彼女の表情はわからない。淡々とした声だ。
「何か食べないと、体を壊すぞ」
「……それもいいわね」
「ミア!」
苦笑混じりの声に思わず声を荒げてしまった。しかし彼女は何も反応しない。
「……バカな事を言うな」
テーブルに食事を置き、ミアに近づく。
真横に来ても彼女は微動だにしない。
「食べろよ」
「いらない」
頑なな言葉にイラっとする。
このまま言葉を交わしても埒が明かないと思い、強引だが彼女の腕を掴んで顔を上げさせた。
「いい加減にーーー」
彼女の目は涙で濡れていた。
目の回りは腫れ上がり、何度も擦ったようで血がにじんでいた。
あまりの酷い顔に言葉がつまる。
「どうせ、また捨てるんでしょ……。だったら優しくしないで」
「ミア……」
『捨てない』と言えばいいのに、言葉がつまって出てこない。
「死ねばいいと思ってるんでしょ。ふふふ……。そうよ、死ねば良いのよ。この子がいれば何も怖くない。望み通り死んでやるわ」
彼女は混乱しているんだ。
その姿は小さな子供が駄々をこねて、泣いてるような姿に見えた。望みが叶わない時『死んでやる』と店の前で癇癪を起こす子供のようだ。
頭の中では『落ち着くんだ。死ぬなんて言うなよ』と偽善的な言葉が思い浮かぶが、俺の手は彼女の首を掴んでいた。
「あっ……」
ゆっくりと喉を圧迫する。
苦しげな彼女の顔を見た。けれど、何も感じない。
あぁ、俺は怒っているんだ……。
彼女を可哀想と思う。
まともな教育を受けなかったから悪い男に体を暴かれて妊娠してしまった。
しかし、彼女はもうすぐ20歳だ。
良いこと、悪いことの分別をつけられるだろう。それがわからないのは彼女の怠慢だ。
スラムの子供でさえ、男女が夜を共にすることは良くないと知っているのに、彼女は知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。
何と愚かで、可哀想な人だろう……。
そして、無責任だ。
その無責任さに怒りを覚える。
簡単に死ぬと言って、何の罪もない子供を道連れにし、責任から逃げようとする。
彼女は『被害者』ではない『加害者』だ。
命を授かった時点でそこに責任が伴う。
堕ろすなら、堕ろした責任を。
産むなら、産んだ責任を取るべきだ。
責任を取らないで逃げるような事はさせない。
そして、俺も責任を取るよ。
「あっ……かっ……」
彼女が苦しさから、俺の手を引っ掻き始めた。
足をバタつかせ、俺の体を蹴って引き剥がそうともがいている。
「死にたいんだろ?」
「っす、け……」
手を離すと、彼女は咳き込んでこちらを睨んだ。
「さい、てい……」
「お前もな。無責任に死ぬなんて言うな」
「なによ、えら、そうに……。あんたに、関係ないじゃない」
「俺は夫だ」
「ふん!今さら夫面しないでよ。三年も放ったらかしにしてたくせに」
「そうだな」
「こうなったのもあんたが私を捨てたからよ!全部あんたのせいよ!」
「俺と、お前の責任だ」
「違う!私は悪くない!悪くない!」
彼女はまた膝で顔を隠した。
現実を見たくない、逃避のように見える。
「逃げてもなにも変わらない。ちゃんと考えるんだ、ミア」
「うるさい、うるさい」
「堕ろすのか、産むのか」
「うるさい!話しかけないで!」
「ミア、どうしたいんだ?」
「うるさい!」
捲し立てると彼女を追い詰めてしまう。
わかっている。だが、どうしたらいいかわからない。どうすれば、彼女は問題に向き合ってくれるんだ……。
不意にパリスを思い浮かべた。
ジミーが村の子供と喧嘩したとき、パリスはどうしていた。ジミーの話を聞くために目線を合わせようと、じっと待っていた。
あぁ、待っていた!
ジミーが話しをする準備が整うまで。
俺はベッド横の椅子に腰かけ、ただじっと彼女を見つめた。彼女の準備が整うまで……。
「……見ないで」
「話がしたい」
「……話したくない」
「待ってる。一緒に考えよう」
沈黙。
「何を考えるよの……。あんたは私を捨てる。この子を産もうが堕ろそうが同じよ!」
「同じじゃない。産むなら一緒に育てる。堕ろすなら一緒にその重荷を背負う」
頑なに膝で顔を隠していたミアの体が、僅かに動いた。
「……バカじゃないの」
「ミアは、どうしたい?」
沈黙。
「……わから……ない」
「……そうか」
待つ。
とても焦れったくて、彼女を責め立て、追い詰めたくなる気持ちを抑えて、ただ待つ。
とても忍耐力がいるのだなと思った。
その後、彼女が口を開くことはなく、いつの間にか自分は寝ていたようだ。
家の中は酒ビンや、脱ぎ捨てられた洋服、壊れた家具、ゴミが散乱し虫が集っている所もあった。
俺は口元を布で覆い、使い捨ての手袋と気合いを入れて、家の片付けを始めた。
一階は酷い惨状だったが、二階の寝室は埃が積もっている程度で簡単な掃除ですんだ。
室内のゴミや庭のゴミをまとめるのに、一日を費やした。明日は家具を出して床をブラシで磨こうと思う。
掃除や片付けさえ行えば、住むことは可能だろう。いつまでも宿暮らしするには金銭的に厳しい。ミアの事件が解決するまでとはいえ、その後の移動に金もかかるのだ。節約するに越したことはない。
魔物討伐よりも体の疲労を感じながら俺は宿屋に向かった。
×××
日が沈んだ頃に宿屋に戻った。
女将に昼間の様子を聞くと、ミアは『妊娠』について詳しく知りたいと言ったそうだ。そこで、この前呼んでもらった医者に来てもらい、話をしてもらったと言われた。
ただ、食欲がないと言うことで昼も夜も食べていないらしい。
女将に消化の良い物をお願いし、自分の夕飯とミア用のスープを持って部屋に向かった。
コンコン。
「ミア、俺だ。開けるぞ」
返事はない。
ゆっくりと開ける。
彼女は昨日同様にベッドで膝を抱えていた。
「夕飯、食べてないそうだな。スープもらってきたから食べないか?」
「……いらない」
膝で顔を隠しているので、彼女の表情はわからない。淡々とした声だ。
「何か食べないと、体を壊すぞ」
「……それもいいわね」
「ミア!」
苦笑混じりの声に思わず声を荒げてしまった。しかし彼女は何も反応しない。
「……バカな事を言うな」
テーブルに食事を置き、ミアに近づく。
真横に来ても彼女は微動だにしない。
「食べろよ」
「いらない」
頑なな言葉にイラっとする。
このまま言葉を交わしても埒が明かないと思い、強引だが彼女の腕を掴んで顔を上げさせた。
「いい加減にーーー」
彼女の目は涙で濡れていた。
目の回りは腫れ上がり、何度も擦ったようで血がにじんでいた。
あまりの酷い顔に言葉がつまる。
「どうせ、また捨てるんでしょ……。だったら優しくしないで」
「ミア……」
『捨てない』と言えばいいのに、言葉がつまって出てこない。
「死ねばいいと思ってるんでしょ。ふふふ……。そうよ、死ねば良いのよ。この子がいれば何も怖くない。望み通り死んでやるわ」
彼女は混乱しているんだ。
その姿は小さな子供が駄々をこねて、泣いてるような姿に見えた。望みが叶わない時『死んでやる』と店の前で癇癪を起こす子供のようだ。
頭の中では『落ち着くんだ。死ぬなんて言うなよ』と偽善的な言葉が思い浮かぶが、俺の手は彼女の首を掴んでいた。
「あっ……」
ゆっくりと喉を圧迫する。
苦しげな彼女の顔を見た。けれど、何も感じない。
あぁ、俺は怒っているんだ……。
彼女を可哀想と思う。
まともな教育を受けなかったから悪い男に体を暴かれて妊娠してしまった。
しかし、彼女はもうすぐ20歳だ。
良いこと、悪いことの分別をつけられるだろう。それがわからないのは彼女の怠慢だ。
スラムの子供でさえ、男女が夜を共にすることは良くないと知っているのに、彼女は知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。
何と愚かで、可哀想な人だろう……。
そして、無責任だ。
その無責任さに怒りを覚える。
簡単に死ぬと言って、何の罪もない子供を道連れにし、責任から逃げようとする。
彼女は『被害者』ではない『加害者』だ。
命を授かった時点でそこに責任が伴う。
堕ろすなら、堕ろした責任を。
産むなら、産んだ責任を取るべきだ。
責任を取らないで逃げるような事はさせない。
そして、俺も責任を取るよ。
「あっ……かっ……」
彼女が苦しさから、俺の手を引っ掻き始めた。
足をバタつかせ、俺の体を蹴って引き剥がそうともがいている。
「死にたいんだろ?」
「っす、け……」
手を離すと、彼女は咳き込んでこちらを睨んだ。
「さい、てい……」
「お前もな。無責任に死ぬなんて言うな」
「なによ、えら、そうに……。あんたに、関係ないじゃない」
「俺は夫だ」
「ふん!今さら夫面しないでよ。三年も放ったらかしにしてたくせに」
「そうだな」
「こうなったのもあんたが私を捨てたからよ!全部あんたのせいよ!」
「俺と、お前の責任だ」
「違う!私は悪くない!悪くない!」
彼女はまた膝で顔を隠した。
現実を見たくない、逃避のように見える。
「逃げてもなにも変わらない。ちゃんと考えるんだ、ミア」
「うるさい、うるさい」
「堕ろすのか、産むのか」
「うるさい!話しかけないで!」
「ミア、どうしたいんだ?」
「うるさい!」
捲し立てると彼女を追い詰めてしまう。
わかっている。だが、どうしたらいいかわからない。どうすれば、彼女は問題に向き合ってくれるんだ……。
不意にパリスを思い浮かべた。
ジミーが村の子供と喧嘩したとき、パリスはどうしていた。ジミーの話を聞くために目線を合わせようと、じっと待っていた。
あぁ、待っていた!
ジミーが話しをする準備が整うまで。
俺はベッド横の椅子に腰かけ、ただじっと彼女を見つめた。彼女の準備が整うまで……。
「……見ないで」
「話がしたい」
「……話したくない」
「待ってる。一緒に考えよう」
沈黙。
「何を考えるよの……。あんたは私を捨てる。この子を産もうが堕ろそうが同じよ!」
「同じじゃない。産むなら一緒に育てる。堕ろすなら一緒にその重荷を背負う」
頑なに膝で顔を隠していたミアの体が、僅かに動いた。
「……バカじゃないの」
「ミアは、どうしたい?」
沈黙。
「……わから……ない」
「……そうか」
待つ。
とても焦れったくて、彼女を責め立て、追い詰めたくなる気持ちを抑えて、ただ待つ。
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