上 下
28 / 37

ダレン外伝 祖国④

しおりを挟む
 昼頃宿屋に来たので、もう10時間は経つだろうが、ミアは目を覚まさない。
 規則正しい寝息だけを、呆然と見ていた。

 定期的に女将が覗きに来るが、声をかけることもなくドアを閉めていった。

 ミアが起きたら、何て言えば良いのだろうか……。
 置き去りにしてごめん?
 君は妊娠している?
 相手の男は誰だ?
 産む覚悟はあるのか……。

 衰弱している人間に何てことを言うんだ……。

「……ん」
 ミアが……目を覚ました。
「……ダ、レン?」
「ここにいる」
「ここは……?」
「宿屋だ」
「……お金……」
「大丈夫だ」
「……よかった」
 彼女の安心した顔が、何故か不気味に思えた。
 『よかった』は何に対しての言葉なんだ?
 
「お腹すいた……」
「もう夜遅い。女将がリンゴをーー」
「いや。そんなの食べない。こんな宿屋も嫌よ。もっと綺麗なところにして」

 ミアの言葉に驚く。
 何を言い出すんだ……。

「知ってるのよ、ダレン。高ランク冒険者パーティーに入ったんでしょ?お金ならあるんでしょ?私の借金を一括で支払っちゃうんだもの。冒険者って儲かるのね。何でこんな安宿に来たのよ。本当に気が利かないわね」

「ミア?」
 彼女の笑顔が、まるで悪魔のようだ。

「新しいドレスが欲しいの。それに似合う宝石も。ねぇ、ダレン。明日買い物に行きましょう」

「ミア、俺の貯金はミアの借金で殆んど失くなった。パーティーも解散して、今はフリーだ。今後どうなるかもわからない。贅沢なんて出来ない」

 俺の言葉に、今まで薄気味悪い笑顔を浮かべていた顔から、表情が抜け落ちるように無へと変わった。

「ど……どうするのよ。これから……どうすれば……。やだ……やだ!あんな生活、やだ、やだ、やだやだやだ……」

 彼女の体はガクガク震えている。
 とても痛ましい……。
 肩に触れると、ビクッ!と肩が跳ねた。

「落ち着くんだ。お腹の子にさわる」

 彼女の顔が一瞬で青ざめた。

「はぁ?」
「……医者に見てもらった。君は妊娠してる」
「……ウソよ。私に子供?何で?神様に赤ちゃん下さいなんて、お願いしてないんだけど。え?え…?わっ、わからない……。知らない、知らないわ。私……どうなるの……。怖い……」

 思わず頭が沸騰しそうになった。
 交際期間中、ミアの体を暴いた事はないし、結婚後すぐ家を出たから、閨を共にしたことはない。
 『閨の事は結婚後旦那様に教わる』
 それが一般常識だ。
 だが、大抵は初潮になったとき母親から『子供作りの成り立ち』を習うそうだ。

 男爵夫妻の事だ、まともな話をしていなかったのかも知れない。
 無防備な彼女を騙し、体を暴くのはさぞ簡単だっただろう……。
 男爵の溺愛は有名だったから、恐らく男爵達が亡くなるまでは無体な事はしなかっただろう。男爵は落ちぶれても貴族だ。
 貴族に恨まれる事はしたくなかっただろうし……。
 
「ダレ、ン。ダレン、独りにしないで。独りは嫌なの。何でもする、何でもするわ。お願い……」

 ダメだ……。
 頭がぐちゃぐちゃだ……。
 
「ミア、君は今とても衰弱しているんだ。大丈夫、まずはゆっくり体を休めないと」
 声が震えないように、己を律し、出来るだけ優しく頭を撫でる。
「夜遅いけど、何か無いか聞いてくる」
「やだ!行かないで……」
 俺は懐にある冒険者証明書を渡した。
「必ず戻る。この証明書がないと、俺は冒険者を続けられない。この意味、わかるな?」

 ミアは迷っていたが、小さく頷いた。
「良い子だ。すぐ戻る」

 ミアを残して、俺は部屋を出た。
 宿屋の食堂はさすがにやっていなかったが、近くの酒場は開いていたので、そちらで野菜がたっぷり入ったスープを注文してカウンターで待った。

「ミアは逃げたんだろ?」
「店にも家にも居なかったよ」
「もうちょっと搾れると思ったのにな」
「あいつの稼ぎの2%がもらえる手はずだったのに、けっ!あのクソ女」
 男二人が近くのテーブルで酒を飲んでいる。
「貧相な体のくせに、体には触るなって息巻いてたもんな」
「あんな体に欲情するわけ無いだろ。バカだよな~。まぁ、金があったから遊ぶのには楽しかったけどな」
 下品な笑いを浮かべる男たちの席に、俺は酒を持って近づき、座った。

「楽しそうな話してるな。俺にも教えてくれよ」
 腹が煮えくりかえしていたが、人の良さそうな笑顔を張り付けた。


×××


「たっ……たすけ……」
「許してくれ……ゆる」
 男(ハーパーという男)が言い終わる前に、その薄汚い顔を殴り気絶させた。
 騒がれると面倒なので、布を口に噛ませ、手足を拘束して俺達の家の支柱に縛り付けた。

「おっ、俺達は、頼まれたんだ!頼まれただけなんだ!」
 男(マイクという男)の首を片手で掴む。
 握り潰したい気持ちを抑え、低く唸る。
「静かにしろ。近所迷惑だろ」
 男は小刻みに首を縦に振っている。

「指示書と契約書はどこだ」
「だ、台所の引き出しの下に、張り付けて、ある」
 それを聞いて、男の首を軽く締め上げ気絶させた。
 先程の男と同じように口に布を噛ませ、手足を拘束し、支柱に縛り付けた。

 ランプを片手に台所に行き、引き出しを手当たり次第引き出し、目当ての物を探した。
 一番下の引き出し裏、封筒に入っていた。

 中身を確認し、懐にしまい、その場を後にした。
 今が夜中で良かった……。
 きっと、俺の顔は殺人者の様に凶悪な顔をしているだろう。
 見られたら、通報されかねないな……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

無能だと言われ続けた聖女は、自らを封印することにしました

天宮有
恋愛
国を守る聖女として城に住んでいた私フィーレは、元平民ということもあり蔑まれていた。 伝統だから城に置いているだけだと、国が平和になったことで国王や王子は私の存在が不愉快らしい。 無能だと何度も言われ続けて……私は本当に不必要なのではないかと思い始める。 そうだ――自らを封印することで、数年ぐらい眠ろう。 無能と蔑まれ、不必要と言われた私は私を封印すると、国に異変が起きようとしていた。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

伯爵令嬢は身の危険を感じるので家を出ます 〜伯爵家は乗っ取られそうですが、本当に私がいなくて大丈夫ですか?〜

超高校級の小説家
恋愛
マトリカリア伯爵家は代々アドニス王国軍の衛生兵団長を務める治癒魔法の名門です。 神々に祝福されているマトリカリア家では長女として胸元に十字の聖痕を持った娘が必ず生まれます。 その娘が使う強力な治癒魔法の力で衛生兵をまとめ上げ王国に重用されてきました。 そのため、家督はその長女が代々受け継ぎ、魔力容量の多い男性を婿として迎えています。 しかし、今代のマトリカリア伯爵令嬢フリージアは聖痕を持って生まれたにも関わらず治癒魔法を使えません。 それでも両親に愛されて幸せに暮らしていました。 衛生兵団長を務めていた母カトレアが急に亡くなるまでは。 フリージアの父マトリカリア伯爵は、治癒魔法に関してマトリカリア伯爵家に次ぐ名門のハイドランジア侯爵家の未亡人アザレアを後妻として迎えました。 アザレアには女の連れ子がいました。連れ子のガーベラは聖痕こそありませんが治癒魔法の素質があり、治癒魔法を使えないフリージアは次第に肩身の狭い思いをすることになりました。 アザレアもガーベラも治癒魔法を使えないフリージアを見下して、まるで使用人のように扱います。 そしてガーベラが王国軍の衛生兵団入団試験に合格し王宮に勤め始めたのをきっかけに、父のマトリカリア伯爵すらフリージアを疎ましく思い始め、アザレアに言われるがままガーベラに家督を継がせたいと考えるようになります。 治癒魔法こそ使えませんが、正式には未だにマトリカリア家の家督はフリージアにあるため、身の危険を感じたフリージアは家を出ることを決意しました。 しかし、本人すら知らないだけでフリージアにはマトリカリアの当主に相応しい力が眠っているのです。 ※最初は胸糞悪いと思いますが、ざまぁは早めに終わらせるのでお付き合いいただけると幸いです。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

【完結】前世聖女の令嬢は【王太子殺害未遂】の罪で投獄されました~前世勇者な執事は今世こそ彼女を救いたい~

蜜柑
恋愛
エリス=ハウゼンはエルシニア王国の名門ハウゼン侯爵家の長女として何不自由なく育ち、将来を約束された幸福な日々を過ごしていた。婚約者は3歳年上の優しい第2王子オーウェン。エリスは彼との穏やかな未来を信じていた。しかし、第1王子・王太子マーティンの誕生日パーティーで、事件が勃発する。エリスの家から贈られたワインを飲んだマーティンが毒に倒れ、エリスは殺害未遂の罪で捕らえられてしまう。 【王太子殺害未遂】――身に覚えのない罪で投獄されるエリスだったが、実は彼女の前世は魔王を封じた大聖女・マリーネだった。 王宮の地下牢に閉じ込められたエリスは、無実を証明する手段もなく、絶望の淵に立たされる。しかし、エリスの忠実な執事見習いのジェイクが、彼女を救い出し、無実を晴らすために立ち上がる。ジェイクの前世は、マリーネと共に魔王を倒した竜騎士ルーカスであり、エリスと違い、前世の記憶を引き継いでいた。ジェイクはエリスを救うため、今まで隠していた力を開放する決意をする。

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

処理中です...