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番外編 ライオネルの初恋②

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 ダレン・レイザー(20)。
 レイザー侯爵家の三男。
 騎士団に所属し、女受けが良い男。
 真面目で剣技はそこそこできる。
 二人が会っているところを、遠くから観察したが、胡散臭い笑顔の男だ。

 一目見て、『あの男はクローヴィアを利用するために近付いた』とわかった。

「可愛いクローヴィア。久しぶり、元気にしていたかい?」
 にっこりと胡散臭い笑顔を浮かべる男に、何度魔法で攻撃してやりたくなったか……。

 あっ!クローヴィアの手にキスした!
 ムカつく……。

 クローヴィアにダレンの事を好きなのか聞くと、特に思い入れは無いようだ。

 だが、

「せっかく出来た縁ですから、大切にしようと思っています。まずは真摯に向き合って、相手を理解しようと考えてます」

 しかも!

「彼も私を理解しようと、ちゃんと話を聞いてくれるのですよ。まずはお互いを理解し合わないといけませんね」

 苦し紛れに、『聖女を利用する輩だ』と忠告しても……。

「う~ん……、それはお互い様です。私は彼の援助を、彼は私の『聖女』という立場を利用し合っているのですから。彼だけを悪く言えませんわ。契約婚約?ってヤツですね。そんな関係から始まる恋もあるって、小説で読んだことがあります。フフフ、心配していただき、ありがとうございます」

 あぁ……。
 目の前が真っ暗だ……。

「えっ、援助が欲しいなら、私にも出来るぞ……。無理にその男と」
「気持ちは嬉しいですが、そのお金はライオネル様の研究に使って下さい。私、ライオネル様の研究が好きです。斬新な切り口で今までの魔法陣の欠陥を指摘して、より良い構造に変更したり、実現不可能と言われた魔法を合成魔法で実現したり。とっても尊敬しています」

 純粋な瞳でそう言われたら……何も言えなかった。


×××


「本当、バカよね」
 マリアンヌだ。
 今は王城にある、私が管轄する温室に来ている。
「そう言ってやるなよ、マリー(マリアンヌの愛称だ)。ネルも落ち込んでるんだから」
 兄上だ。
 三人で薬草の手入れや、最近論文が発表された『最新の回復薬』の意見交換や実際に作ってみたりしている。

「告白のタイミングを見計らっていたら、隣からかっさらわれたなんて、バカ過ぎて慰める言葉も出ないわよ」

 呆れ半分怒り半分で罵られる……。

「何が『聖女になったから告白してきたと思われたくないから、もう少し様子を見たい』よ。単に告白する勇気がなかっただけでしょ!」
「まぁまぁ」
「私、この前忠告したわよね。好きなら四の五の言わずに、さっさと告白してこいって。二の足踏んでたアンタが悪い。自業自得ね」

 返す言葉もない……。

「失恋した男の傷に、塩を塗り込んでやるなよ。男ってのは繊細な生き物なんだぞ」
「ふん!天才天才ってちやほやされて、有頂天になってるからよ。大方、その無駄に整ってる顔も見せてないんでしょ?『顔に惚れられたら彼女の事を幻滅しそう』だったかしら?本当、バカ。使えるものは何でも使いなさいよ。アンタに失恋して落ち込む資格なんかないわよ」

 正論だ……。
 何もアプローチしなかった私に、落ち込む権利なんて無い……。

「マリー……。ネル、そう悲観するな」
 兄上が懐から紙の束を取り出した。
「何ですか?」
「他国で発表された『惚れ薬』の論文だ」

「「惚れ薬?!」」

「論文の結果を先に言うと、『惚れ薬は作れなかった』と締め括られている。でも、ネルなら違う切り口で薬を作れるのではないかと思ってだな。見せようと思ってたんだ」

 確かに『惚れさせる』となると……。
 催眠魔法のように?
 いや、魅力魔法で……。
 媚薬効果で肉体的に……。

「作ってみたらどうだ?恋は盲目と言うだろ。相手が自分を好きになってくれたら、何でもできるぞ。婚約破棄も、既成事実も」
 人の悪そうな顔をしないで欲しい。

「ハワード、最低」
「兄上、最低です」
 マリアンヌの毛虫を見るような冷ややかな目は、私に向けられていないのに背筋がゾッとする。

「冗談だ、冗談!!」
 居心地の悪さに兄上が意見を撤回した。

「ネルの見立ではその婚約者、彼女を利用しようとする輩なんだろう?」
「まぁ、そう見えます……」
「二人が婚約解消する可能性だってある」
「……」
「その時、一番力になってあげればいいんだよ。頼れる男に女性は弱いものさ。なっ、マリー」

「頼りない男よりはね」
「それに、もしも彼女が相手に惚れてしまったのに、相手が不義理をしたら、彼女の心の傷は深いだろうな」
「……そうですね」
「その時に、この惚れ薬を使えば彼女の心の傷を癒せて、おまけにネルと相思相愛になれる。作って損は無いだろ?」

 いやに進めてくるな……。
 兄上に論文を手渡されるとき、耳元で

「出来たら一本譲ってくれよ」
 と囁かれた。
「……妾でも?」
「違う違う。マリーともっとイチャイチャ」
 50のオヤジが何を言っているんだ。

「ハワード」
 マリアンヌの底冷えする声が静かに響いた。

「わたくし、もっと洗練された大人の男性に魅力を感じますわ。人の心を弄ぶ男は地獄に落ちるのがよろしいのではないかしら」
 笑顔の鬼がいる。

「まままま、マリー。冗談だよ」
「……しばらく寝室は別にしてください」
「え?!」

 マリアンヌが怒って部屋を出て行ってしまった。それを追って兄上も慌てて退出していった。

 50の二人が何をやってるのやら……。
 いつまでたっても、兄上はマリアンヌに恋をしているのだな~。

 惚れ薬か……。
 クローヴィアが私を好きに……。

 考えただけで、顔から火を出そうだ。
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