「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

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四十話 それぞれの結末 後編

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 最後にローゼンタール伯爵家の事を綴ろう。
 
 エドワードも当初は親子鑑定不正作成に関わっているのではないかと、立場を危うくしていたが、エルヴィス公爵様が弁護してくださったお陰で疑いが晴れ、むしろ被害者であると理解してもらえたそうだ。
 ただ、伯爵家を治める者が、部下や周囲の人間に翻弄され過ぎているとお叱りを受けた。
 勤めていた財務局の仕事を罷免され、さらに伯爵としての権限を一時的に剥奪された状態で、エルヴィス公爵様の部下として五年間勉強するように申し付けられた。
 その間、ローゼンタール伯爵領は王家の管轄に入ることになった。
 
 余談だが、ローゼンタール伯爵領の収益から、アリアへの養育費や私への慰謝料が分割で支払われ、セラス教会への支援もそこから支払われる。
 王都の屋敷、領地の屋敷の使用人達は王宮騎士団に一人一人取り調べを受け、悪事に荷担していた者は、罪に応じた罰が下された。

 副騎士団長のジョイは王族侮辱罪で毒杯を賜った。
 執事のモーリスは窃盗罪と横領罪で、鉱山にて強制労働の刑に処された。損害賠償金の返済が済むまで帰ってこれないらしい。
 私の世話をしていたメイドや従僕などは、イモージェンに騙されていたと、私を陥れた件は仕方なかったと主張していたが、主人を立てられない使用人は不要と、エドワードから紹介状なしで解雇されたそうだ。
 彼らの醜聞は王都中に広まり、様々なブラックリストに名を連ねたため、王都での再就職は不可能だろうとソフィアが言っていた。
 
 最後に……イザベラお義母様、いや、イザベラ・ローゼンタール様について綴ろう。
 ナイジェル前ローゼンタール伯爵の殺害。その恋人フローラ・サンハル前男爵令嬢と息子の誘拐、殺害。私の殺害未遂。ダヴィット・ベルジュから違法な金品をもらっていたことなど、他にも悪事に荷担していたとして、本来は『公開処刑』になるはずだったが、減刑の嘆願をベルジュ伯爵様とエドワード、そして私から受け、表向きは『修道院送り』と発表された。
 だが本当の刑罰は、牢獄で毒杯を飲むことになっている。修道院へ護送の前に病を患ったとして、城に幽閉され、時期を見て病死で処理するらしい。
 彼女を許したから減軽の嘆願を出した訳ではない。彼女が『公開処刑』になると、世間一般にイザベラ・ローゼンタールの罪が知れ渡る。それこそ、歴史書に名を残すことになる。そうなれば、アリアに『大罪人イザベラの孫』という拭えない汚名が一生つきまとう。
 それはどうしても避けたかった。
 嘆願はソフィアの案で、彼女が王妃様と交渉してくれた。その時、エドワードも嘆願を出していると知った。決して親子の情ではなく、ローゼンタールの名を守るための行動らしい。
 
 我ながら……薄情ね。

 思い返せば、イザベラお義母、いえ、イザベラ様とは、一度もまともに話したことがない……。
 婚約の挨拶に行ったとき、悲痛な顔から怒りの顔、そして激しい憎しみを向ける恐ろしい顔になったことを覚えている。
『男爵家風情が!』
『男を誑かす淫乱め!』
『お前にローゼンタールは渡さない!』
 あれは、私に向けた憎しみではなく、フローラ・サンハル様に重ねていたと、今ならわかる。

 私はフローラ様ではない。重ねられ、憎しみを向けられて迷惑だと、許せないと、胸のなかで怒りの感情が沸々と沸き上がる。
 だが、彼女が死ぬことに、思う部分がある。彼女はアリアの実の祖母。義理でも母親と呼んでいた人が、毒杯を飲む。
 自業自得だ。
 仕方ない。
 私とアリアの死を望んだ人に、同情することはない。
 わかっている……。
 だけど、罪悪感が胸を締め付ける。
 私がエドワードと出会わなければ、結婚しなければ、彼女の心の平穏を崩さなかったのではないだろうか……。

 ソフィアには『刑罰は公正な基準で決められているし、彼女の末路は自身の行いの結果なのだから、リリーシアが気に病むことはない』と励まされたが、割りきれない気持ちがある。
 オーウェンさんからも『貴女は何も悪くない。だから、あの方のことで思い悩まないで下さい。ただ、そう言っても貴女は考えてしまうのでしょうね。それなら、どうか俺にも背負わせて下さい。貴女と俺は同士で、戦友じゃないですか』と言われた。
 本当、オーウェンさんはお人好しよね。

「準備が整いました」
 馬車の御者が声をかけてきた。
 道中何があるかわからないからと、王妃様がお忍び用馬車と、王宮騎士団の騎士二名を護衛として付けてくれたのだ。
 恐縮してしまう厚待遇なのよね……。

「じゃ、体に気を付けてね」
「ソフィアも」
「何かあればすぐに連絡してね。必ず助けに行くから」
「うん、ありがとう」
 ソフィアに軽く抱き締められた。

「リリーシアさん。道中気をつけて」
 オーウェンさんに優しく微笑まれた。
「はい」
 私も穏やかな気持ちで返した。
「お体を大切に」
「はい、ありがとうございます」
 アリアを片手に抱いて、手を差し出した。
 彼の大きな手。
 力強いけど、痛くはなくて、むしろ安心する力加減だ。
 本当に優しい人……。

 そういえば、エドワードは彼にも謝り、怪我をさせた慰謝料と、名誉を傷付けた賠償金を支払うと申し出たらしいが、彼は謝罪だけ受け取り、金銭は一切受け取らなかったと聞いた。
 あのとき『慰謝料をガッツリともぎ取りたい』と言っていたのに。
 おそらく、あのときは私を元気づけようと、彼らしくないことを言ってくれたのだと思う。

 本当、どこまでもお人好しで、人のために行動出来る素晴らしい人だ。
 彼には幸せになってほしい。
 心からそう願うわ。 
 
「俺も……手紙を書いて良いですか?」
「もちろん!嬉しいわ」
「良かった」
 少し頬を染めて、彼は笑った。
 私もつられて、頬が熱くなった。

「リリーシア様。そろそろ」
 護衛の騎士の方に声をかけられた。
「あっ、ごめんなさい」
 騎士の一人の手を借りて馬車に乗り込む。
 
「リリーシア。またね」
「えぇ。また会いましょう。本当にありがとう、ソフィア。カインさんにも宜しく伝えて」
「えぇ、わかったわ」
 ソフィアの旦那様のカインさんには、王城で本当にお世話になったわ。忙しいみたいで、王城を出るときも挨拶出来なかったのが心残りだ。
「あっ。それから、シスター・ハンナにもありがとうございましたって伝えてもらえる?」
「仕事が忙しいみたいよね。わかったわ。伝えておく」
 王家の影として活動しているためだろうが、昨日も会えなかった。最後に挨拶したかったが、メイディー領に着いたら手紙を書こうと思う。
 
 孤児院の方に目をやる。
 来た当初、落ち込んでいると子供たちが明るく声をかけてくれたわ。大人なのに子供たちに気を遣わせてしまったことが恥ずかしいが、本当に良い子達ばかりだった。
 アリアが大きくなって、王都に来ることがあれば、是非またここに来たい。その時、みんなは自立していないかも知れないが、それでもここに来たいと思う。
 短い間だったが、ここは第二の実家と思えるからだ。

 馬車が動き出す。
「オーウェンさん、ソフィア。本当にありがとう。ありがとう!」
 二人が優しく微笑んで、手を振ってくれた。

「元気でね!」
「また会いましょう!」
「えぇ!必ず!」

 泣かないって決めてるのに、目頭が熱くなる。

「リリーさ~ん!!」
 孤児院の屋根や二階の廊下の窓から、子供たちが手を振っていた。
「またピアノ、弾いてくださいね!」
「アリアちゃんと遊びに来てよ~!」
「お元気で!」

 胸に込み上げてくる……。
 もう、屋根に上って危ないわ。
 窓から身を乗り出したら危険じゃない。
 もう……。もう……。

「みんな!ありがとう!!いってきます!」
「「いってらっしゃい!!」」

 涙が止まらないよ……。


 ◇◇◇


 セラス教会を出てしばらく走ると、王都を出る最後の城門が見えてきた。
 ブロリーン男爵領に向かう場合は王都の東門を利用していたが、メイディー領に向かうには北門を利用しなければならない。
 四つある城門の中で一番大きく、通行量が比較にならないくらい多い。その為王都を出るのも順番待ちをしなければならない。

 コンコンコンッ。
 馬車の窓ガラスをノックされた。

「お父様?!お兄様?!マディヤ姉様?!」
 隣の馬車に元家族がいた。
 貴族籍を抜けているし、エドワードと離婚したことで私は平民となった。貴族の常識ではそれは恥ずべきことで、元家族との交流は表だってできないのが暗黙のルールだ。
 見送りには来ないと思っていたのに……。

「どうして……」
「妹の見送りくらいするさ」
「今、ハーバイン商会からメイディー領に支店を出せるように交渉してるから、すぐにまた会えるようになると思うわよ」
「お兄様、マディヤ姉様……」
 二人とも何でもないような口ぶりで、とても明るく話してくれる。

「リリーシア」
 お父様……。
「何かあれば、いや、何もなくても連絡してきなさい。手紙のやり取りくらいなら、うるさい雀も黙らせられるからな」
 お父様の苦しそうな笑顔が胸を締め付ける。

 籍を抜いた者と交流があると知れれば、ブロリーン男爵家への風当たりが強くなってしまう。
 親子鑑定不正作成事件に巻き込まれて離婚した可哀想な夫婦の話と、世論では同情的な声が多いが、私に付け入る隙があったのがそもそもの原因だと、面白おかしく噂する者もいる。
 ブロリーン男爵家としては、完全に縁を切った方が良いのに、お父様も、お兄様も、マディヤ姉様も……私に甘いんだから。

 もう……。

「はい!」
 また泣いてしまうわ。

 馬車が動き出し、お父様達の馬車と離れてしまった。名残惜しいが、話していたことが周りに露見しないよう、お父様達の馬車を目で追うことは出来ない。
 うつむくと、涙がアリアの頬に落ちてしまった。

「あう、あ」
 私に向けて手を伸ばしてくる姿が、私を慰めようとしてくれているように思えた。
 優しく娘の頬を拭った。

 私にはアリアがいる。
 この子と一緒に幸せになるわ。
 私の宝物。
 絶対守るから。
 もう泣いたりしないから、大丈夫だよ。

「通ってよし!」
 城門の兵士の人の声だろう。
 力強い声のあと、また馬車が動き出した。

 王都を出る。
 新しい生活の第一歩だ。
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