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二十八話 審議会 ピンチ!

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「なっ……なっ……」
 ベクター弁護士は呼吸がうまく出来ないのか、口をパクパク動かしている。
 隣に座るエドワードは感情がわからない顔で、私を見ていた。彼の隣に座るイザベラお義母様の方が青ざめている。イモージェンも同じく青ざめ、震えていた。

「それを証明するために、伯爵夫人。こちらの紙に名前を書いて頂けますか?」
 そう言って、ソフィアは自身の鞄からインク壺とペン、紙を取り出し、私の前に置いた。
 言われた通り、いつものように名前を書いた。 
「ベクター弁護士。もしくはバーバリー様でも構いません。適当な紙とインク壺はお持ちですよね?そこに『リリーシア・ローゼンタール』と書いてもらえますか?」
「なっ、何故そんなことをしなければならない!断る!」
 ベクター弁護士が叫ぶ。
 動揺を隠せないようだ。
 ソフィアがバーバリー様を見た。
 彼はベクター弁護士より落ち着いていて「わっ、わかりました」と自身の鞄からインク壺とペン、紙を取り出し、私の名前を書いた。緊張しているからか、文字が歪になっている。

「ありがとうございます。では、インクが乾くまで、そちらが提出した『夫人のサイン』の不審点をご説明します。まず、こちらの証拠品をご覧下さい」
 ソフィアが親子鑑定をするときに書くと言っていた『同意書』を取り出した。それにも書いた覚えのない私のサインが記載されている。

「これは、親子鑑定をする際に書く『同意書』です。研究所の所長に貸出許可を得ています。また、偽造防止に用いる研究所特製のクリアファイルに入っていますので、私達が証拠品を加工することはできません。ご理解いただけます?」
 ソフィアの言葉にエドワードだけが頷いた。
「こちらを見て、不審に思いませんか?書く位置が罫線上から少しズレてますし、なぜか直線的に右下がりになっています。私も実際に試してみましたが、複写紙を挟んで罫線上にサインするのは難しかったです。どんなに位置を合わせても、書いてる途中でズレてしまいました」
「それが何だと言うんだ。片手間でサインしたとか、疲れていてなげやりにサインしたとか、いろいろな事が考えられるじゃないか」
 ベクター弁護士が言った。
 まだ焦りが見えるが、先程のように怒鳴ってくる様子はない。
「なるほど。では、そちらが提出した証拠品の4つのサインと見比べて見ましょう。宝石店の領収書、請求書、宿泊サイン。どれも同じ大きさ、長さです。これは不自然です」
「そんなことはない。たまたま同じように書いたとも取れる」
 ベクター弁護士の調子が戻ってきた。
「そんな当て擦りの理論で証明すると大口を叩いたのか?話にならん」
 小バカにするような余裕の表情が癪に障る。

「では、より真相に迫ります。先程お二人に書いてもらったサインを見てください。ちょうど乾いていますね。バーバリー様の書いた方はどうですか?乾いていますか?」
「まったく、それが何だと言うんだ」
「よくご覧下さい。書き始めと書き終わりのインクの濃さが違います。また、文字の最後にインク溜まりが出来るので、そこが濃くなっているのがわかりますか?」
「インクで書いているのだから、書き終わりが薄くなるのは当たり前……っ!」
 余裕な顔をしていたベクター弁護士が、突然言葉を詰まらせた。その顔にソフィアがニヤリと笑った。

「提出された三枚のサイン。そして、同意書のサインは全て同じ濃さで書かれています。さらに文字の太さを見て下さい。インクで書いた文字は一様に太いですが、証拠品は不自然に細いです」
「こっ、濃さはインクをたっぷり着けていたから変わらなかったのだろう。文字の細さも器用にペンを浮かせて細く書いたんだ」
「ベクター弁護士。ご自身の発言が矛盾しているとわからないのですか?インクをたっぷりつければ、書き出しの文字はより太くなります。また、浮かせて書いたら太さがバラバラになります。そもそも、空論で反論しないで下さい。弁護士なら証拠で語って下さい」
「くっ!……それはこちらのセリフだ!お前の話はどれも『疑わしい』というだけで、証拠品のサインが複写紙を用いて書かれたとは証明出来ない!空論はお前の方だ!!」

「では、証拠品が複写紙を使用して書かれたと証明致しましょう」
 ソフィアはなにも書いていない白い紙を取り出し、適当な場所に罫線を書いた。その上に複写紙を置き、私のサインした跡をなぞった。
 紙がズレないように紙を押さえる手に力が入っているのがわかる。
 書き終わって、写された紙を皆に見えるように持った。
「ご覧下さい。文字の濃さ、太さが証拠品と同じです」
「それが何だと言うんだ。似てるだけだ!」
「注目していただきたいのは、私が紙をズラさないように指で押さえた跡です」
 サインの左が二ヶ所、黒く汚れている。
「証拠品のサインの上の部分を見て下さい。黒い汚れがうっすら付いているのがわかりますか?しかも、4枚すべて、同じような場所に黒い汚れが付いています。こんな偶然はあり得ません。この黒い汚れは、サインを偽造した犯人が複写紙を押さえた時にできたものです」
「言いがかりだ!そんなもの、何の証拠にもならない」
「では、この汚れは何ですか?たまたま付いたなど、陳腐な言い訳はごめん被りますが、説明をお願いします」
「くっ!」
 ベクター弁護士の目がキョロキョロと忙しなく動いている。そして、私と目が合うと、一瞬ニヤリと笑った。

「その複写紙を使った可能性は認めよう。だが、伯爵夫人が書いてないとは言えない」
「何を言い出すやら……。複写紙を用い、伯爵夫人のサインを手にいれれば、誰でも偽造サインを作れます。現に私が書いた伯爵夫人のサインも本物と見分けがつかないわ」
「確かにそうだな。だが、伯爵夫人が書いていないとは証明出来ない」
「夫人が複写紙を用いて書く意味がわからないわ!」
 珍しくソフィアが声を荒げた。
「浮気する女の心理などわかるわけがない。我々の想像を越えている場合がある。そうだな、もしかしたら不審点を残すために、自分で工作した可能性もないとは言えないだろう」
 とんでもない言いがかりだ!
 だが、確かにソフィアが今証明したことは、『私のサインが複写紙を用いて書かれた』ということであって、『私が書いてない』とは言えないわ。

「それならば、ローゼンタール伯爵と産まれた赤子の親子鑑定を、再鑑定してください!」
「その必要はない。二人の親子鑑定は正式な書類が出ているんだ。わざわざ再鑑定することはない」
「同意書は偽造された可能性があります!」
「その同意書を伯爵夫人が工作した可能性もある」
「それならば、こちらは伯爵夫人の護衛騎士をし、浮気相手とされたオーウェン氏と伯爵夫人の娘の親子鑑定書を証拠品として提出します!」
 ソフィアは勢いよくオーウェンさんとアリアの親子鑑定書を提示した。そこには『親子関係はない』と明記されている。
「伯爵夫人とオーウェン氏は不倫関係にありません。これが証拠です」
「おやおや、これは大変な事実が明らかになりましたな」
 ベクター弁護士は嫌みな顔をした。
「浮気相手がもう一人居たんですか。いやいや、これは驚きの展開ですね」
「なんですって!」
 あまりの言い草に、ソフィアが立ち上がった。その拍子に紙が一枚、床に落ちる。

 これは不味いわ。
 相手のペースに乗せられている。
「ごほんっ!」
 突然、大きな咳払いの音がし、ソフィアの意識がそちらに向いた。
「これは失敬。朝から喉の調子が悪くてな。邪魔をしてすまない」
 リーガル公爵様だ。

 ソフィアが椅子に座り直し、息を吐き出した。
「ソフィア……」
「ごめんなさい。少し熱くなってしまったわ。師匠に借りができちゃった。情けない姿を見せてごめんね」
「大丈夫よ」
「だけど、不味いわ……。とんでもない言い掛かりを言ってきてるのに、それを覆す証拠がないわ。どうしたら……」
 ソフィアは証拠品を見直し始めた。
 私は落ちた紙を拾った。
 それは、ソフィアが書いた私のサインが写された紙だった。
 
「あれ?」
 私はその紙を見て、違和感を覚えた。 
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