「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

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三話 卑劣な包囲攻撃

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「奥様?」
「……シャンドリー卿。あの……」

 彼は被害者だ。
 私とエドワードの問題に巻き込まれただけ。
 彼の将来を潰してしまった。
 謝って済む問題ではない。でも……

「奥様、そろそろ移動しましょう。人が集まってきました」
「あっ……そうね……」
 周りを警戒したシャンドリー卿に促され、私は大通りに向けて歩き出した。
 
 謝罪は落ち着いてからにしよう。

 不意に視線を感じ、ローゼンタール伯爵家の邸宅に目を遣ると、カーテンの隙間から私を睨み付けるエドワードの姿を見たような気がした。


 ◇◇◇


「この恥知らずが!!」
 乗合馬車を使ってブロリーン男爵家のタウンハウスに向かうと、家の門は閉まっており、お父様が仁王立ちで門の内側に立っていた。
「結婚した身で、他の男と通じるとは何事だ。恥を知れ!」
「お父様、それは誤解です。私は誓って浮気などしておりません」
「白々しい!ローゼンタール伯爵とその子が親子ではないと調べがついているそうじゃないか。親にまで嘘をつくとは情けない!お前はもう私の娘ではない。今後一切、ブロリーンの名前を使うんじゃない」
 投げつけられた書簡には、『リリーシア・ブロリーンを貴族籍から除名する』と記載があった。
「お父様、どうか私の話を聞いてください!」
「黙れ!!」
 父は下唇を噛んで、鬼のような形相だった。
 下唇は噛みすぎて、血が出ている。
 父が我慢するときの仕草だ。
 家の方を見ると、応接室の窓に、スッと隠れる銀髪が見えた。

 エドワードが先回りしてお父様を脅したのだと、すぐにわかった。過保護なお父様がこれほど荒々しい態度をするのも、彼の目を欺くためだろう。

 私の行き場を奪い、じわじわと疲労させようとしているのね。
「ふっ……」
 乾いた笑いが口からあふれた。
 あんなに愛し合っていたのに、不要となれば容赦なく叩き潰す。己の敵に情は無用。貴族らしい対応だ。しかし、やり方はかなり陰湿だ。
 産後の肥立ちが悪く、亡くなる女性は少なくない。私が憎いなら伯爵家に監禁し、衰弱死でもさせればいい。
 それをあえて放逐し、世間の笑い者にしたあげく、誰にも助けてもらえない絶望を味わわせようとしている。そして、路頭に迷わせ悲惨な末路を辿らせようとする、陰湿で冷酷な意図を感じる。
 しかも、こそこそ隠れて、私が打ちのめされる姿を鑑賞しにきたとは悪趣味だわ。

 そんな人を愛していたなんて、自分の愚かさに呆れてしまう。

「お前のようなふしだらで不実な奴は、教会で懺悔し、己の所業を悔いるのだな」

 教会?

 まっすぐ父の顔を見ると、瞳の奥から心の痛みが伝わってきた。
 私は片手で服をつまみ、今できる全力のカーテシーを披露した。
「今日まで私を愛し、育ていただき、感謝申し上げます。ブロリーン男爵家の今後の繁栄と、皆々様の健康を心よりお祈り申し上げます。どうか、お体をお大事になさってください」

 父は私の挨拶を見届けると「ふんっ!」と言って、家に向かって歩きだした。

「奥様……」
 シャンドリー卿が心配そうに駆け寄ってきた。
「問題ないわ。大丈夫」
「これからどうなさるおつもりですか?」
「まずはシャンドリー卿を診療所へ連れて行くわ。それから、洋服屋で今着ている物を売って、動きやすい服を買う。娘のオムツや着替えもそれで揃えばいいのだけれど……あとは、教会に向かいましょう。きっとお父様が何か手を回しているはずよ」


 ◇◇◇


「あなた方を受け入れることはできません」
 実家から一番近い診療所を訪ねたとき、受付前に立つ体格の良い男性に言われた。
「なぜです?」
「上からの命令としか言えません」

 上から……
 やはりエドワードが診療所に圧力をかけていたのだろう。だが、診療所を掌握するにはローゼンタール伯爵家では力が足りないはずね。
 エドワードに加担する貴族がいるということだ。
「上の命令とは?」
「上と言えば上ですよ。とにかく、お引き取りください」
 思わず男性を睨みつけると、彼は「はぁ~」と重いため息を吐き出した。

「診療所の運営をまとめている上からの命令です。おそらく、ここだけではないですよ。薬屋も同じかもしれません。治療を希望するなら、王都を出た近隣の村に行った方が可能性がある。さっ、邪魔なので帰ってください」
 診療所の運営や薬屋も王宮医療局の管轄だ。エドワードは財務局に勤めているから、きっと面識があったのだろう。
 いったい、どんなことをして医療局を動かしたのやら。

 何はともあれ、八方塞がりね。

「奥様、行きましょう。自分は大丈夫ですから」
 シャンドリー卿に促されて、私たちは診療所を後にした。

 その後、薬屋も同様に断られ、洋服屋に行っても門前払い。宿屋に行っても宿泊を拒否された。
 さらに、貴族街の大聖堂にも入れなかった。
 私達は貴族ではなくなったから中央教会内に入れられない、と口調は冷たいが、憐れむような目をした門番に言われた。礼拝したいのなら王都の外れにある教会であれば、平民になった私達を受け入れてくれるかもしれないと、小声で助言された。

 今のところ、王都で私達を受け入れてくれる場所はない。
 町中を移動する馬車乗り場にも手を回されてしまった……
 
 王都はもともと大きな山を切り崩して建てられた場所で、山の頂上に王城を建て、王城を円形に囲む形で貴族街を作り、その外側に平民街が作られた。
 距離もさることながら、高低差もあり、怪我人のシャンドリー卿と、産後間もない私には辛い道のりだった。

 王都の外れに位置する教会にたどり着いたのは、日が暮れてから、ずいぶん経っていた。
 あの門番の人の言葉が本当なら、門前払いはされないだろうと思いつつも、町の店先や貴族街の大聖堂で断られたことが頭をよぎる。

 最悪……外で寝ることも……

「奥様、お身体は大丈夫ですか?お嬢様は私がお連れ致しましょうか?」
「いいえ、平気よ。さっ、行きましょう」

 夜も更けてきた。
 警戒されて話も聞いてもらえないかもしれない。
 もしくは誰もいないかもしれない……

 それでも。
 
 教会のドアノッカーに手をかけ、叩いた。
 静かな空間に、コンコンコンッと響く。

「こんな夜更けに、どちら様ですか?」
 女性の警戒した声だ。
「あの……夜分に申し訳ありません。その……」

 礼拝しに来た?
 一晩泊めていただきたい?
 助けて下さい?
 何と言えば警戒されずに中に入れてもらえるだろうか……
 
 ドアの中央にある小窓が開いた。
「お一人ですか?」
「いえ、娘と付き添いの男性が一人おります」
「……リリーシア様でいらっしゃいますか?」
「え?!」

 突然名前を言われて驚いた。
 しかし、正直に言って良いのだろうか……

「ブロリーン男爵様から『懺悔に来るだろうから、その機会を与えてほしい』とお手紙をいただいております」

 教会のドアが開いた。
 そこには五十代くらいのシスターが立っていた。
「さあ、どうぞお入りください」
 とても温かな声だった。
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