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11話 先触れ
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彼に愛を乞われてから20日ほど経った日の昼、彼から12本のバラの花束が贈られてきた。
花言葉は『私と付き合って下さい』だ。
彼と私の秘密の合言葉。
『会いに行きます』
受け取ったとき、どうしていいか悩んだ。彼を突き放さなければいけないのに、嬉しいと喜ぶ自分が愚かに思える。しかし、幽閉中の身では隠れる事も、追い返す事も出来ない。
「シャティー?」
可愛らしいメリダ様の声にハッとして、急いで意識を切り替えた。
「大丈夫?」
「申し訳ありません。少し考え事に耽ってしまいましたわ」
紅茶を入れようとしていたのを思い出し、慣れた手つきで紅茶を入れた。
この茶葉は侯爵領で生産されたもので、私が愛用していたものだ。ノーランド様とも幾度となく頂いた味。バラと一緒に贈られてきた物だ。
匂いを嗅いで、つい物思いに耽ってしまった。
「甘やかな匂いなのに、凛として清涼感を感じるわ。…美味しい。カルヴァンで飲んでいた物より、味に深みがあるのに苦すぎなくて上品だわ。飲み終わりがスッキリしていて、本当に美味しいわ」
「えぇ。ミルクを入れるとまた違った風味になって、味わい深い紅茶ですよ」
紅茶を褒められただけなのに、とても気分が良くて、顔が綻んでしまう。
「…好きなのね」
「えっ!いえ、そんな、好きだなんて…」
「フフフ、シャティーったら赤くなって可愛い。この紅茶が好きなのだと思ったのに。この紅茶を贈ってくれた方を思っているのね」
コロコロ笑うメリダ様を、思わずジト目で見てしまった。
「意地悪言ってごめんなさいね。あんまりにもシャティーが悩んでるように見えたから、思わず口を出したくなってしまったのよ」
そんなに顔に出てたかしら…。
気を付けないと…。
「申し訳ありません」
メリダ様は手招きをし、自分の座るソファーの隣を叩いた。
この仕草はよく甘えたい時にしていたものだ。
城に遣えて一年もしないうちに、私はメリダ様の専属侍女に抜擢された。侍女長の話では、メリダ様ご本人が強く要望されたと聞いている。
他国の者を王女専属にするのは反対があったが、メリダ様がカルヴァン国王に願い出て、晴れて専属侍女に任命されたのだった。
もちろん余所者で新参者の私は、古参の侍女に歓迎されなかったが、仕事を真面目にしていると、少しずつ理解してくれる人も増えて、それなりに楽しくしていた。
メリダ様は王女であることを重荷に思っている節があった。その為、自国の侍女ではなく、他国の侍女に甘えることで息抜きしていたようだ。
自国の侍女は『王女はこう有らねばならない』と固定概念が強く、息が詰まるとボヤいてした。
メリダ様の奨めで隣に座った。
私の膝の上に頭を乗せて、まるで猫のように頭を擦りつけてくるから、可愛くて仕方ない。
「お髪が乱れますよ」
「平気よ。ここにはうるさい侍女長もお姉様達も居ないもの。ずっとこのままシャティーと穏やかな時間を過ごしたいものね」
「そうですね」
メリダ様のサラサラな髪に触れ、いつものように優しく撫でた。
外に出ることは出来ないが、衣食住は快適だ。洗濯も特定の篭に入れて、出入口付近に置いておけば、次の日には新しい物が準備されている。
食事も時間毎に運ばれ、味も量も質も申し分ない。
「シャティーを家族のように思っているわ。実の家族よりも…。貴女には幸せになってほしいの」
「メリダ様…」
「実はね、20日程前の深夜にノーランド・マッケンジー侯爵令息様とお話したの」
20日前の深夜といえば、彼に迫られ泣きながら追い出した日だ。
思わず体が固くなった。
「安心して。私は何も見てないし、聞いてない。部屋から出てきた彼と少し話しただけよ」
止めていた息が出た。
「強面なのに、シャティーの事になるととても優しい顔をしていたわ。そして酷く困惑していた」
あの晩の事を思い出す。
彼に愛を乞われた時、私は『出来ない』と答えてしまった。あの後『嫌だ』と答えるべきだったと後悔した。あの言い方では『結婚できない理由は他にある』と言っているようなものだった。
彼の為を思うなら冷たく振り払うべきだった。
「突き放すには遅すぎたのね。どんなに冷たく突き放しても、彼は止まれないわ。むしろ、より激しく追いかけてくるわよ」
時間が二人の中を裂いてくれると思っていた。5年もあれば、あの恋心は風化して、何も残らないはずだと…。
「シャティーが幸せになるにはどうしたらいいのかしら…。彼から逃げ続ける事が幸せに繋がるの?もしも、彼が貴女に暗い顔をさせる原因を知ったらどうするの?」
メリダ様はまっすぐ私を見上げていた。
知ってる?
私が彼と兄妹だということを…。
「安心して、私は知らないわ。けれど、彼は見つけるわよ、必ず」
必ず見つける…。
彼の執着心はあの晩にわかった。
5年経っても色褪せない眼差しに、彼の大きな想いを感じた。
「幸せになって、シャティー。貴女の幸せが私の幸せに繋がるの。彼が訪ねてきたら、まず話し合って。貴女には彼が必要よ」
メリダ様は私の膝に頭を乗せながら、お腹に抱きついてきた。
その顔は見れなかったが、優しい声色だった。
恐らく今晩、また彼はやってくる。
彼が真実を見つけてしまったのなら、どんな話をしてくるのだろう。
詰られるのだろうか、責められるのだろうか…。
いえ、そうなればいいじゃない。もともと彼に嫌われるのが目的だったのだ。彼の愛が冷めてしまえば、全て終われるのだ。
この恋心も終わることが出来るのだ。やっと、このときが来たのだ…。
自分が望んでいたはずなのに、愚かにも胸を締め付けるのだった。
花言葉は『私と付き合って下さい』だ。
彼と私の秘密の合言葉。
『会いに行きます』
受け取ったとき、どうしていいか悩んだ。彼を突き放さなければいけないのに、嬉しいと喜ぶ自分が愚かに思える。しかし、幽閉中の身では隠れる事も、追い返す事も出来ない。
「シャティー?」
可愛らしいメリダ様の声にハッとして、急いで意識を切り替えた。
「大丈夫?」
「申し訳ありません。少し考え事に耽ってしまいましたわ」
紅茶を入れようとしていたのを思い出し、慣れた手つきで紅茶を入れた。
この茶葉は侯爵領で生産されたもので、私が愛用していたものだ。ノーランド様とも幾度となく頂いた味。バラと一緒に贈られてきた物だ。
匂いを嗅いで、つい物思いに耽ってしまった。
「甘やかな匂いなのに、凛として清涼感を感じるわ。…美味しい。カルヴァンで飲んでいた物より、味に深みがあるのに苦すぎなくて上品だわ。飲み終わりがスッキリしていて、本当に美味しいわ」
「えぇ。ミルクを入れるとまた違った風味になって、味わい深い紅茶ですよ」
紅茶を褒められただけなのに、とても気分が良くて、顔が綻んでしまう。
「…好きなのね」
「えっ!いえ、そんな、好きだなんて…」
「フフフ、シャティーったら赤くなって可愛い。この紅茶が好きなのだと思ったのに。この紅茶を贈ってくれた方を思っているのね」
コロコロ笑うメリダ様を、思わずジト目で見てしまった。
「意地悪言ってごめんなさいね。あんまりにもシャティーが悩んでるように見えたから、思わず口を出したくなってしまったのよ」
そんなに顔に出てたかしら…。
気を付けないと…。
「申し訳ありません」
メリダ様は手招きをし、自分の座るソファーの隣を叩いた。
この仕草はよく甘えたい時にしていたものだ。
城に遣えて一年もしないうちに、私はメリダ様の専属侍女に抜擢された。侍女長の話では、メリダ様ご本人が強く要望されたと聞いている。
他国の者を王女専属にするのは反対があったが、メリダ様がカルヴァン国王に願い出て、晴れて専属侍女に任命されたのだった。
もちろん余所者で新参者の私は、古参の侍女に歓迎されなかったが、仕事を真面目にしていると、少しずつ理解してくれる人も増えて、それなりに楽しくしていた。
メリダ様は王女であることを重荷に思っている節があった。その為、自国の侍女ではなく、他国の侍女に甘えることで息抜きしていたようだ。
自国の侍女は『王女はこう有らねばならない』と固定概念が強く、息が詰まるとボヤいてした。
メリダ様の奨めで隣に座った。
私の膝の上に頭を乗せて、まるで猫のように頭を擦りつけてくるから、可愛くて仕方ない。
「お髪が乱れますよ」
「平気よ。ここにはうるさい侍女長もお姉様達も居ないもの。ずっとこのままシャティーと穏やかな時間を過ごしたいものね」
「そうですね」
メリダ様のサラサラな髪に触れ、いつものように優しく撫でた。
外に出ることは出来ないが、衣食住は快適だ。洗濯も特定の篭に入れて、出入口付近に置いておけば、次の日には新しい物が準備されている。
食事も時間毎に運ばれ、味も量も質も申し分ない。
「シャティーを家族のように思っているわ。実の家族よりも…。貴女には幸せになってほしいの」
「メリダ様…」
「実はね、20日程前の深夜にノーランド・マッケンジー侯爵令息様とお話したの」
20日前の深夜といえば、彼に迫られ泣きながら追い出した日だ。
思わず体が固くなった。
「安心して。私は何も見てないし、聞いてない。部屋から出てきた彼と少し話しただけよ」
止めていた息が出た。
「強面なのに、シャティーの事になるととても優しい顔をしていたわ。そして酷く困惑していた」
あの晩の事を思い出す。
彼に愛を乞われた時、私は『出来ない』と答えてしまった。あの後『嫌だ』と答えるべきだったと後悔した。あの言い方では『結婚できない理由は他にある』と言っているようなものだった。
彼の為を思うなら冷たく振り払うべきだった。
「突き放すには遅すぎたのね。どんなに冷たく突き放しても、彼は止まれないわ。むしろ、より激しく追いかけてくるわよ」
時間が二人の中を裂いてくれると思っていた。5年もあれば、あの恋心は風化して、何も残らないはずだと…。
「シャティーが幸せになるにはどうしたらいいのかしら…。彼から逃げ続ける事が幸せに繋がるの?もしも、彼が貴女に暗い顔をさせる原因を知ったらどうするの?」
メリダ様はまっすぐ私を見上げていた。
知ってる?
私が彼と兄妹だということを…。
「安心して、私は知らないわ。けれど、彼は見つけるわよ、必ず」
必ず見つける…。
彼の執着心はあの晩にわかった。
5年経っても色褪せない眼差しに、彼の大きな想いを感じた。
「幸せになって、シャティー。貴女の幸せが私の幸せに繋がるの。彼が訪ねてきたら、まず話し合って。貴女には彼が必要よ」
メリダ様は私の膝に頭を乗せながら、お腹に抱きついてきた。
その顔は見れなかったが、優しい声色だった。
恐らく今晩、また彼はやってくる。
彼が真実を見つけてしまったのなら、どんな話をしてくるのだろう。
詰られるのだろうか、責められるのだろうか…。
いえ、そうなればいいじゃない。もともと彼に嫌われるのが目的だったのだ。彼の愛が冷めてしまえば、全て終われるのだ。
この恋心も終わることが出来るのだ。やっと、このときが来たのだ…。
自分が望んでいたはずなのに、愚かにも胸を締め付けるのだった。
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