愛しい人へ~愛しているから私を捨てて下さい~

ともどーも

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3話 彼女の心

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 兵士達の道から彼は現れた。
 大きな体なのに洗練された動作に見惚れてしまいそうだった。
 黒い甲冑と黒兜で顔を確認することは出来ないが、この低音のバリトンボイスを聞き間違えることはない。
 ノーランド・マッケンジー侯爵令息様。その人だ…。

「後ろに居るのは第三王女のメリダ王女だな。王族は殺すように言われている。庇い立てするな」
「まだ8歳の幼い少女です!崇高なヴィラン国王は幼い少女ですら、その首をハネるように命じているのですか?!陛下は慈悲深い方です。そのような酷い命令をなさるはずはありません!」
 周りの兵士達に動揺が見れる。
 このまま押しきれるか…。

「ククク。よく頭が回るじゃないか。よかろう、ヴィラン王国に連行して、処罰は陛下に委ねるとしよう。ただし、お前が王女を事も報告する。敵国の少女を庇った罰を受けるんだな。売国奴め、拘束しろ!」


×××


 あの場に居た私やメリダ様、騎士達も拘束され、ヴィラン王国に護送された。
 今は王城にある西の塔にメリダ様と共に幽閉されている。罰が決まるまでか、陛下との謁見が許されるまでか…。
 塔の最上階からは月がよく見える。
 今夜は満月だ。
 メリダ様をベッドに寝かしつけながら、残酷なほど美しい月を眺める。

 もしもメリダ様の処刑命令が出たらどうすればいいのだろう…。
 陛下に謁見できたなら、幼い王女への慈悲を願うことができるが、王太子様の怒りは相当なものだと思う。
 私の言葉だけでは処刑を回避出来ないかもしれない。誰かの口添えが必要だわ。
 レティーナ様に連絡できれば、その慈悲にすがることが出来たのなら…。
 処刑台にメリダ様だけを立たせはしないわ。その時は一緒に参ります。

 彼女の寝息を確認し、一つ下の階の部屋にあるベッドに向かった。
 ベッドに腰掛け、また月を眺めてしまう。彼もこの月を見ているのだろうかと思いを馳せる。

 拘束される前に会話をしたきり、彼は私の前に現れなかった。兵士の話では、今回最前線を指揮していたのは彼だったそうだ。
 他の戦場でも武勲をあげ、この戦争での『英雄』と言われているそうだ。

 騎士なのだから仕方がない。
 そんなのはわかっている。
 しかし、彼の秘密の飼育小屋で動物達に向けていた、あの優しい笑顔が蘇り、悲しみが胸をよぎる。
 ウサギを抱き抱えていたあの手で、数々の兵士をなぎ倒し、動物達のご飯のために土を耕していた手を血に染めていたと思うと、自分はどこか遠くに来てしまったように感じた。
 
 そして、彼の冷たい声を思い出す。
 罵り、嘲る声が耳から離れない。
 5年ぶりに聞いた彼の声は、底冷えするような恐ろしい声だったのに、言葉を交わすことが出来て歓喜する私は、頭がおかしいと思う。
 二度と話せないと、彼には会わないと誓ったはずなのに、偶然の再開はいとも容易く閉じ込めていた想いを引きずり出した。
 
 恋しい…。
 愛してる。
 でも貴方を不幸にすることは出来ない。

 月を眺めながら、私の頬は涙に濡れていた。叶わない想いが胸を締め付けて離さない。

「何をしている」
 
 ドキッとした。
 この声はーーー。
「マッケンジー侯爵令息様…」

 彼は扉にもたれ掛かりながら、腕を組、こちらを見ていた。
 黒い軍服には大小様々な勲章が胸回りを彩っていた。
 5年前に見た彼よりも体が一回り大きくなっているような、そんなふうに思った。

「涙?」
 ハッとして、急いで涙をぬぐったが、彼がすぐ近くに来ていた。
「ククク、今頃自分のしでかした愚かさを悔いているのか。滑稽だな」
「…後悔などしておりません」
「フン。ではこのあとたっぷり後悔させてやる。王女の件はまだ議会で揉めているが、お前の処罰が決まった」
 『処罰』という言葉が胸に刺さる。
 ヴィラン王国出身といえど、敵国の王女を庇い立てしたのだ。売国奴と罵られ張り付けにされてもおかしくない。

 死ぬのは怖くない。
 ただ、お父様に迷惑をかけてしまうのが申し訳なく思う。そして、メリダ様を残して先に逝く自分が不甲斐ないと思うだけだ。

「お前の処罰は全て俺に委ねられた。よかったな、元婚約者だ。いつものように男に媚を売れば助かるかも知れないぞ」
 彼は何を言っているのだろうか?
 男に媚を売る?
 そんな事、今までしたことがない。

「恋人がいたそうじゃないか。それも何人も。取っ替え引っ替えして遊んでいたのだろう?その瞳を潤ませ、頬を染めて、男を篭絡してきたのだろう。俺にもやってみろ。篭絡できたら刑を軽くしてやることも出来る」

 彼の目には怒りと軽蔑が浮かんでいる。何故そんな誤解が生じてしまったのかはわからないが、彼が私を憎んでくれているのなら、それで良かった。

「減刑を求めることはしません。貴方様の御随意にして下さい」
 もしも彼の手にかかることが出来たら、それはこの上ない幸せである。
 愛する人の手で逝ける。
 何て悲しくて甘美な響きなのだろう。

「そんなに俺が嫌か。命乞いよりも俺にすがることが、そんなに嫌だと言うのか!」
 冷淡だった態度が一変し、荒々しい獰猛な獣の様に変貌した。
 ベッドに押さえつけられ、両手を頭の上でまとめられた。
「何人と寝たんだ。一緒に捕まった騎士の中に恋人はいるのか?どうなんだ!!」
 
 腕は痛いし、男性の怒鳴り声に萎縮してしまうが、まっすぐ見下ろしてくる金色の瞳は、5年前の船着き場で見た瞳のままだった。

 いいえ、そんなことはない!
 私は彼を傷つけ、捨てた女よ。
 恋しすぎて、幻覚を見てるのよ。
 彼が私を想っているはずはない。
 あってはいけないのよ!

「止めてください!触らないで!」
 必死に抵抗するが、びくともしない。それもそうだろう。性別の差もあるが、体格の差が大きい。
 さしずめ熊に襲われる子犬だ。
 彼の顔から表情が抜け落ちる。
「お前に罰を与えてやろう。その体に」
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