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20話 二人の決断

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 ピンクと赤のバラの花束を抱えて、彼は扉前に立っていた。
 ノックするか迷っているようだった。
 腕を上げては下げて、深呼吸したり、花束を握りしめたりと、本人からしたら見られたくない姿だろう。

 いつも目にしていた彼は、エスコートがさりげなくて、立ち姿が優雅で格好良くて、素敵な紳士だった。
 でも、目の前の彼は、優柔不断で、世話しなくて、カッコ悪い。
 
 とても好きだと思った。

 きっと、ここまでお祝いしに来てくれたのだろう。
 でも、どう声をかけるか、どんな顔で会えばいいのか、悩んでいるのが見てとれた。
 彼は誠心誠意私と向き合おうとしてくれている。

 とても、愛しい…。

 私が呆然と廊下に立っていたら、彼がこちらに気づいた。
「エリーゼ?!」

 慌てた姿も可愛くて愛しい。

「えっと、あの、これは」
「部屋でお話しませんか?」
「えっ…いいの…かい?」
「はい」

 私はドアを開き、彼を招き入れた。
 ソファーを勧め、横に並んで座った。
 彼は緊張しているのか、花束を握りしめていた。

「エリーゼ、あの、試験はどうだった?」
「はい、合格しました」
「おめでとう!君なら合格すると思ってたんだ。嬉しいよ。おめでとう!」

 彼の屈託ない笑顔が好き。

「あっ、遅くなったが、これを」
 花束をいただいた。
「本当におめでとう」
 とてもいい匂いだ。

「ありがとうございます。あの、傷はもう大丈夫ですか?」
「え?あぁ、傷跡は残ってしまったが、もう動かしても大丈夫だ」
「よかったです。屋敷はどうなりましたか?」
 私の質問に、彼は首をかしげた。
 
「申し訳ございません。まだ、お手紙を読んでおりません…」
 私の言葉に、彼は落胆しているようだった。
「そうか…。いや、勉学で忙しかったのだから、しょうがないさ。落ち着いたら読んでくれればいいよ」
 極めて明るく振る舞う彼。
 こんなにも失礼な事をしているのに、彼は優しく受け流してくれる。
 
「屋敷の件だが、再建をしてもうすぐ完成する予定だよ。君の部屋は以前のようにクリーム色を基調とした、落ち着いた部屋にしようと思っているんだが、問題ないだろうか?」
「…部屋を見たのですか?」
 恥ずかしい…。
「すっ、すまない!君の治療のキッカケを探すために侍女長と一緒に入室した。落ち着いた部屋で君のイメージにぴったりだと思ったよ。私も居心地が良くて好きな雰囲気で…あぁ、すまない。何を言っているんだ俺は」



 長い沈黙だ。
 お互い、話し合わなければいけないのはわかっているのに、言葉が出てこない。
 切り出すキッカケが欲しい。

 ふと、彼の手を見た。
 手袋はしておらず、拳を握り込んでいる。

「…旦那様、そんなに手を握り絞めては跡が…」
 彼の顔色が変わった。
「すまない…。名前を呼ばないように言ったのは俺なのに…」
 彼の声が震えている。
 意図せず彼を傷つけてしまった。
 しかし、何と言えばいいのか、言葉に迷う。『ごめんなさい』は違う気がするし、『リューベック様』と言い直すのも、わざとらしくて出来ない。

「…困らせたい訳じゃないんだ。ただ、自分の愚かさを痛感しただけだから…」
 彼の顔が苦痛に歪んでいく。
「俺は…愚かで、浅はかな…最低な男だ。誤解で君を傷つけ、辛い思いをさせてしまった。心を閉ざすくらい、追い詰め、絶望を味あわせた。俺なんかとは離れて暮らす方が君の為だと理解はしている。でも、離したくない。離れたくない…君が好きなんだ」
 彼の瞳から涙がこぼれた。
「どんな償いでもする。君の許可なく近づかないし、触らない。ただ、やり直すチャンスが欲しい。お願いだ」
 彼が頭を下げた。

 その行動に驚いた。
 貴族は滅多なことでは頭を下げない。
 特に男性はそうだ。
 しかも、女性に頭を下げるのは屈辱的な行為とされていた。
「だっ、ダメです!貴族が頭を下げては」
「貴族の風習は知ってるよ。でも、これは、一人の男として頭を下げてる。お願いだ、チャンスを下さい」

 彼の紳士な態度に胸がざわめく。
 やり直せるの?
 もう一度、彼の隣に…。

 私は彼の手に触った。
 彼は驚いて頭を上げた。
「貴方に酷い事をされて悲しかったし、キズつきました。誤解と分かり、愛を囁かれても信じられませんでした」
 彼がうつむく。
「でも、貴方への思いが消えてくれなくて…苦しい。憎みたくても憎めなかった。孤児院で見た貴方の笑顔が忘れられません」
 あぁ、涙が込み上げてきた。
 頬を濡らしていく。
 彼と目が合う。

「ふとした瞬間に思い出して、貴方を傷つけるかもしれない…」
「構わない。君から与えられるものなら、喜んで受けとるよ」
「貴方の愛を疑うかもしれない…」
「疑いが晴れるまで、君に愛を捧げるよ」
「逃げ出したくなるかもしれない…」
「どこまでも追いかけるよ」
 私の頬に流れる涙を、彼が手で拭いてくれた。
「君を愛してる。魂も何もかも全て捧げる。君とこの先もずっと一緒にいたい」
「…はい。私も貴方を愛しています」

 彼に抱き締められた。
 彼の嗚咽混じりの「ありがとう」を耳元で聞きながら、この人が好きだと思った。
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