愚かな旦那様~間違えて復讐した人は、初恋の人でした~

ともどーも

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5話 真実は悲しげに

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~ リューベック視点 ~

 貴族御用達のワイン工房『ウェンドリー』は商店街の一等地に店を抱えている。
 ウェンドリー地方は国王自ら納める領地で、ワインに適した土壌・気候になっている。
 そこで採れるブドウは高品質だ。
 色が濃厚で渋味、酸味、芳香の全てが富んでいることで有名だ。
 最近は品種改良も行い、非常に口当たりの良いなめらかな味わいになっている。

 国王の領地で生産しているので、購入は貴族のみとされている。使用人に代理で購入させるのはご法度だ。
 また、転売出来ないように身元確認とワインにナンバーが振ってある。もしも転売したら、厳しい罰がくだる。

 身元確認も購入時、記録水晶に指紋を読み取らせて確認するので、偽造することは出来ない。
 
 『64790100』
 この番号がハロルドを殺したワインのナンバーだ。
 
 俺は支配人に『心付け』を渡し、個室で購入者履歴を閲覧していた。
 あの番号の購入者が『エリーゼ』なら証拠が全て揃う。
 
 ハロルドが死んだ日、隣人が目撃した部屋から出ていった女の容姿。
 毒薬を買いに来た女の容姿。
 『ラウトゥーリオの丘』を知っていた。  
 部屋に残された『エリーゼ』の書いたメモ。
 ワインの購入者履歴に名前があれば言い逃れはもう出来ない!

 流行る気持ちで履歴を閲覧していく。
 そして、問題の番号を見つけた。

 ようやくだ。
 ようやく、ハロルドの無念を晴らしてやれる!

 購入者欄を見て、俺は動揺した。

 ないのだ。エリーゼの名前が。
 代わりに記載されていたのは『ミリアリア』だった。

「なん…だと…」

 ミリアリア嬢?
 そんな…。
 いや、代わりに買わせたのか?
 
 コンコン。
 部屋をノックする音がした。
「どうぞ」
 声をかけると、支配人がやって来た。

「ローベンシュタイン子爵様、閲覧は終わりましたか?」
「あっ…あぁ…」

 歯切れの悪い返答に支配人は眉を潜めた。
「何か不都合でも?」
「…わかる範囲でいいんだが、この番号のワインを販売したときの様子など、覚えていないか?」
「64790100…。二年前の春ですね。購入者は…あぁ!あの時の事ですね。覚えておりますよ!」

 支配人は当時の事をよく覚えていた。
 品種改良し先行販売した最後の一本だったそうだ。
 なかなか最後の一本が売れず、困っていたときに購入してもらったので、印象に残っているそうだ。

「ミリアリア嬢とお連れの方がおりました」
「連れ?」
「貴族名簿には記載されていない方でしたね。髪色は…深い青色で緑色の瞳だったかと思います」

 まさか…。
 俺はハロルドの写真を見せた。

「あぁ、この方です」

 支配人の言葉に愕然とした。
 ハロルドはミリアリアとこの店に来て、ワインを買っていった…。

「…どんな様子だった?」
「二人で腕を組んで、恋人のようでした。あっ、そうそう。『最後の晩餐に相応しいわ。二人でラウトゥーリオの丘に行きましょう』と意味深な事を言っていましたね」

 あぁ、これは決定的だ。
 ハロルドを騙していたのはミリアリアだったのか。

「ローベンシュタイン子爵様?大丈夫ですか?お顔が真っ青ですよ」
「大丈夫だ。後日伺うので、さっきの話を証言書に書いてもらえないか?」
「え?それは構いませんが…」
「ありがとう。ではまた後日」

 支配人との挨拶はそこそこに、俺は店を出た。
 
 どうしたらいい…。
 俺はとんでもない間違いを犯してしまった。
 関係のない女性を乱暴に扱い、その心を踏みにじってしまった。

 なんて事だ…。
 なんて事だ。
 なんて事だ!!

 最低じゃないか!!
 誤解でしたでは済まされない…。

 本当なら馬車に乗り、エリーゼに謝りに行くのが筋だが、その勇気が持てない。

 結婚初夜に、俺は何をしたんだ。
 彼女の首を掴み、文字道理踏みつけてしまった。
 あぁ、乱暴に髪も掴んだな…。

 それから…。
 あぁ!
 思い出すだけで、血の気が引いていく!

 考えをまとめたくて、行者に歩いて帰る事を告げて、歩き出した。



×××



 宛もなく、歩いていたら、町外れの孤児院が隣接する教会に来ていた。
 ハロルドが死ぬ前は、何度か来ていた場所だ。

 エリーゼに会う前に、神に懺悔し、気持ちを整理しようと教会内に入った。

「あら、ハイルディー様。お久しぶりですね」
 シスターが掃除していた。
「お久しぶりです、シスター。子供達は元気にしてますか?」
「ええ、みんな元気にしていますよ。今、院でみんな勉強してますわ。微笑ましいですね」
「リゼさんが来ているのですか?」

 孤児院でときどき見かける女性だ。
 俺が近づくと風のように居なくなってしまう不思議な女性。
 ハロルドの事がなければ、俺は彼女に結婚の申し込みをしようと考えていた。

 今時、孤児達に勉強を教えようと考える人は稀だし、何より子供達と遊ぶ彼女の笑顔は輝いていて、とても好きだった。
 初恋だったと思う。

 だが、ハロルドの復讐を誓った時、彼女への気持ちは封印した。
 復讐の為に汚い売女を籠絡しなければならない。生半可な気持ちでは達成できないと思ったからだ。

 だから、ここには来ないようにしていた。

「いいえ、子供達で自主的に勉強しているだけですわ。それに…リゼさんは最近来てないですから」
「そう…ですか」
「良ければ、子供達に顔を見せてもらえませんか?リゼさんや貴方まで来なくなって寂しがってますから」

 シスターに誘われるまま子供達のいる部屋に向かった。

 部屋に近づくにつれて、子供たちの声が聞こえ、懐かしく感じた。

「ラウトゥーリオは言いました。『みんな、涙をふいて。泣いていてもお腹は膨れないし、寂しさも失くならない。死んだ母さんが言っていた。どんなに辛く悲しくても、懸命に生きていれば必ず幸せになれるって』ラウトゥーリオの言葉に、子供達は泣くのを止めてました」

 ラウトゥーリオ?!

 俺は慌てて部屋に入った。
 子供達が一斉にこちらを向く。
「「ハイルディー様?!」」
「突然すまない。今『ラウトゥーリオ』と聞こえたんだが」

 俺の質問に年長者のマイクが答えた。
「リゼさんが作った『ラウトゥーリオの丘』を下の子達に教えていました」
「リゼさんが…作った?…」
 頭が真っ白になる。
 『ラウトゥーリオの丘』をリゼさんが?
 それはエリーゼが…。

 不意にマイクの隣に立つ子供が持っていた絵が目に入った。
 黒髪の男の子が丘の上にいる人々に手を振る絵だ。
 その絵に見覚えがあった。
 ハロルドの部屋にあったスケッチブックに何枚も似たようなものが描いてあった。
 そこでエリーゼのメモも発見したんだ。

「その絵は?」
「下の子達はまだ幼いので、ルドさんが描いてくれた絵を見ながら、読み聞かせをしていました」
「ル、ド?…」
 それは、俺がハロルドを呼ぶときの愛称だ。

 ああ、どうしたらいい。
 ラウトゥーリオの丘は自分が作った童話だと、エリーゼは言っていた。
 そう、言っていた。
 リゼさんはエリーゼだった。
 エリーゼだったんだ!

 そして、ハロルドの部屋にあったスケッチブックの絵。

 あぁ、なんて事だ…。

 二人は偽名で『ラウトゥーリオの丘』という童話に携わっていたのか。

 全ての事が一本に繋がった。
 その真実は、俺にとって残酷なものだった。

 俺は初恋の人を虐げていたのだ。



×××



 屋敷に戻り、エリーゼの姿を探した。
 今さらなんと言えばいいんだ。
 『誤解だった』?
 『すまない』?
 そんな言葉で許せるのか?
 自分は許せるのか?

 いや、許せない。
 しかし、何か言わなければ、何か…。

「旦那様、どうされたんですか?」
「エっ、エリーゼはどこだ?!」
 執事長に詰め寄る。

「あぁ…。昨日の事もあるので、今日は暇を出しています。何か問題ですか?」
 
 昨日の…。
 あぁ、最悪だ…。
 あんなこと、しなければよかった!
 何て愚かな事をしたんだ!

「誰か!!」
 侍女長の悲鳴だ。
 
 俺は走った。
 嫌な予感がする。
 胸がざわめく。
 使用人達が集まっている部屋がある。

 あそこはーーー。

「エリーゼ!!」

 エリーゼの部屋だ。
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