12 / 22
11話 最初の一歩
しおりを挟む
~ リューベック視点 ~
約束の一週間がたった。
あの日の夜に連絡を受けた『ミリアリア脱走事件』はまだ解決していない。
どうやら、数人いる看守の一人を誑かして、脱走に成功したようだ。
今懸命に捜索しているが、町に潜伏しているようで、なかなか足取りが掴めないと捜索責任者から連絡をもらっている。
ミリアリアの目的として『国外逃亡』『告発者への復讐』『元婚約者への接触』が考えられた為、俺の周りの警護も増員されていた。
本当なら、ミリアリアが捕まるまで大人しくしておくのが良策だろうが、エリーゼの回復を第一に考えたら、延期することはできなかった。
医師と侍女長、そしてエリーゼで馬車に乗り込む。
車椅子でも乗ることが出来る最新式の馬車だ。
俺は目立たないように、執事の格好をして業者の隣に座った。
本来なら俺は留守番するか、別の馬車で追随するのがセオリーだが、エリーゼに変化があるのか、最悪の事態にならないか見守りたい一心で、変装してついて行くことになった。
馬車はゆっくりと進み、町並みを感嘆深い気持ちで眺めた。
思い返すと、エリーゼと王都を散策したことはなかった。
ローベンシュタイン子爵の領地に視察旅行をしたくらいだ。
あとは手紙のやり取りのみで結婚式まで過ごしたな。
彼女が元気になったら、一緒に散策したい。
今流行りのカフェや、インテリアショップ、雑貨屋、ブティック。いろいろな所に連れていってあげたい。
いや、正気を取り戻したら、きっと離縁を言ってくるはずだ…。
こんな馬鹿で愚かな男と散策などしないだろう。
一人考えては落ち込む。
そんなことをしていたら、孤児院にたどり着いた。
「お嬢様、孤児院に着きましたよ」
侍女長が優しい声で語りかけるが、エリーゼは反応しなかった。
見てるのか見てないのかわからない表情で、呆然と窓の外を見ていた。
時期早々だったのだろうか…。
落ち込む俺たちを他所に、子供達が木の下に集まり出した。
そこは、よくリゼが立っていた場所だ。
「よ~し、みんな集まったな」
年長者のマイクがみんなを座らせる。
「リゼ先生じゃないから、俺は新しい事を教えることは出来ない。でも、リゼ先生が書いてくれた物語は読むことができる。今度リゼ先生が来たら、俺だけじゃなくて、みんなが読めたら、きっと喜ぶぞ。みんな、リゼ先生の喜ぶ顔がみたいか?」
「「は~い!」」
子供達の明るい声が響く。
懐かしい光景だ。
「よし、では枝か石を持って地面に書いていけよ。まずリゼ先生!」
子供達が一斉に書き出した。
わからない子には、わかる子が字を教えている。
「次、ラウトゥーリオの丘」
「懸命に生きれば」
「必ず」
「幸せになれる」
マイクの号令で、子供達が各々書いて行く。
マイクは教師になったら、きっと良い先生になるだろう。
微笑ましく見ていると、不意にエリーゼの腕が動いた。
窓を触り、涙を流していた。
「お嬢様!」
「落ち着きなさい。脈は問題ないですから、悪い兆候ではないです。しばらく様子をみましょう。奥様も落ち着いて来たご様子ですし」
エリーゼの涙は止まり、ただ子供達を目に撮していた。
どれくらいそうしていただろう。
子供達は勉強を止めて、各々遊びに夢中になっていた。
「そろそろ帰りましょう。あまり長いすると奥様の体が心配です」
医者にそう言われ、渋々馬車を移動させた。
確かに、始めは反応があり、期待が膨らんだが、その後は特に変化はなく、ただ子供達の様子を見ているだけだった。
「お嬢様。よかったですね、子供達は皆、元気そうでしたね」
侍女長はそっとエリーゼの手に手を重ね、優しい声色で語りかけた。
エリーゼの手が軽く動いた事に、侍女長は嬉しそうに涙を流した。
部屋にこもるのではなく、少しづつエリーゼを外出させようと決めた。
×××
屋敷に戻り、医者と今後の事を話し合った。
侍女長と執事長も同席している
。
エリーゼの症状は、初期に比べれば格段によくなっていると言われたが、まだ余談を許さない状況でもあると。
今回の外出は概ね成功だったと思われる。侍女長の言葉にエリーゼが反応したのが良い例だ。
「先生。これからどうして行けば良いですか?また、このような機会を設けていけば、エリーゼは回復しますか?」
医者は難しい顔をした。
「おそらく、奥様の中で大きな葛藤が芽生えていると考えられます」
「葛藤…ですか?」
侍女長が呟いた。
「このままではいけないと思う一方で、このままでいたい気持ちがせめぎ合い、前に進めない。そんな状態ですね」
三人で顔を見合わせる。
「それは、何かキッカケがあれば前に進める。そう言うことですか?」
執事長が問いかけた。
医者は目を伏せた。
「断言はできません。ですが、可能性はあります」
沈黙。
「先生」
俺は声を出した。
「私がエリーゼに会うことは出来ますか?」
「旦那様?!」
侍女長の非難めいた声がするが、俺はまっすぐ医者を見た。
沈黙。
「彼女の心を壊したのは私です。それなのに、私は彼女に謝罪の言葉も伝えていない。彼女に謝りたいんです…」
俺の言葉に、一同は沈黙した。
自分でもわかっているさ。
これは彼女の為じゃない、自分の為だってことくらい…。
罪悪感を薄ませたい、そんな気持ちがないわけじゃない。
でも、謝りたいんだ。
誠心誠意、彼女に謝りたい。
医者がため息をついた。
「わかりました。ですが、いきなり謝られても、奥様の負担になるでしょうから、少しづつ謝罪の意を伝えていきましょう」
「というと?」
「まずは手紙や花束のメッセージカードなどからです」
約束の一週間がたった。
あの日の夜に連絡を受けた『ミリアリア脱走事件』はまだ解決していない。
どうやら、数人いる看守の一人を誑かして、脱走に成功したようだ。
今懸命に捜索しているが、町に潜伏しているようで、なかなか足取りが掴めないと捜索責任者から連絡をもらっている。
ミリアリアの目的として『国外逃亡』『告発者への復讐』『元婚約者への接触』が考えられた為、俺の周りの警護も増員されていた。
本当なら、ミリアリアが捕まるまで大人しくしておくのが良策だろうが、エリーゼの回復を第一に考えたら、延期することはできなかった。
医師と侍女長、そしてエリーゼで馬車に乗り込む。
車椅子でも乗ることが出来る最新式の馬車だ。
俺は目立たないように、執事の格好をして業者の隣に座った。
本来なら俺は留守番するか、別の馬車で追随するのがセオリーだが、エリーゼに変化があるのか、最悪の事態にならないか見守りたい一心で、変装してついて行くことになった。
馬車はゆっくりと進み、町並みを感嘆深い気持ちで眺めた。
思い返すと、エリーゼと王都を散策したことはなかった。
ローベンシュタイン子爵の領地に視察旅行をしたくらいだ。
あとは手紙のやり取りのみで結婚式まで過ごしたな。
彼女が元気になったら、一緒に散策したい。
今流行りのカフェや、インテリアショップ、雑貨屋、ブティック。いろいろな所に連れていってあげたい。
いや、正気を取り戻したら、きっと離縁を言ってくるはずだ…。
こんな馬鹿で愚かな男と散策などしないだろう。
一人考えては落ち込む。
そんなことをしていたら、孤児院にたどり着いた。
「お嬢様、孤児院に着きましたよ」
侍女長が優しい声で語りかけるが、エリーゼは反応しなかった。
見てるのか見てないのかわからない表情で、呆然と窓の外を見ていた。
時期早々だったのだろうか…。
落ち込む俺たちを他所に、子供達が木の下に集まり出した。
そこは、よくリゼが立っていた場所だ。
「よ~し、みんな集まったな」
年長者のマイクがみんなを座らせる。
「リゼ先生じゃないから、俺は新しい事を教えることは出来ない。でも、リゼ先生が書いてくれた物語は読むことができる。今度リゼ先生が来たら、俺だけじゃなくて、みんなが読めたら、きっと喜ぶぞ。みんな、リゼ先生の喜ぶ顔がみたいか?」
「「は~い!」」
子供達の明るい声が響く。
懐かしい光景だ。
「よし、では枝か石を持って地面に書いていけよ。まずリゼ先生!」
子供達が一斉に書き出した。
わからない子には、わかる子が字を教えている。
「次、ラウトゥーリオの丘」
「懸命に生きれば」
「必ず」
「幸せになれる」
マイクの号令で、子供達が各々書いて行く。
マイクは教師になったら、きっと良い先生になるだろう。
微笑ましく見ていると、不意にエリーゼの腕が動いた。
窓を触り、涙を流していた。
「お嬢様!」
「落ち着きなさい。脈は問題ないですから、悪い兆候ではないです。しばらく様子をみましょう。奥様も落ち着いて来たご様子ですし」
エリーゼの涙は止まり、ただ子供達を目に撮していた。
どれくらいそうしていただろう。
子供達は勉強を止めて、各々遊びに夢中になっていた。
「そろそろ帰りましょう。あまり長いすると奥様の体が心配です」
医者にそう言われ、渋々馬車を移動させた。
確かに、始めは反応があり、期待が膨らんだが、その後は特に変化はなく、ただ子供達の様子を見ているだけだった。
「お嬢様。よかったですね、子供達は皆、元気そうでしたね」
侍女長はそっとエリーゼの手に手を重ね、優しい声色で語りかけた。
エリーゼの手が軽く動いた事に、侍女長は嬉しそうに涙を流した。
部屋にこもるのではなく、少しづつエリーゼを外出させようと決めた。
×××
屋敷に戻り、医者と今後の事を話し合った。
侍女長と執事長も同席している
。
エリーゼの症状は、初期に比べれば格段によくなっていると言われたが、まだ余談を許さない状況でもあると。
今回の外出は概ね成功だったと思われる。侍女長の言葉にエリーゼが反応したのが良い例だ。
「先生。これからどうして行けば良いですか?また、このような機会を設けていけば、エリーゼは回復しますか?」
医者は難しい顔をした。
「おそらく、奥様の中で大きな葛藤が芽生えていると考えられます」
「葛藤…ですか?」
侍女長が呟いた。
「このままではいけないと思う一方で、このままでいたい気持ちがせめぎ合い、前に進めない。そんな状態ですね」
三人で顔を見合わせる。
「それは、何かキッカケがあれば前に進める。そう言うことですか?」
執事長が問いかけた。
医者は目を伏せた。
「断言はできません。ですが、可能性はあります」
沈黙。
「先生」
俺は声を出した。
「私がエリーゼに会うことは出来ますか?」
「旦那様?!」
侍女長の非難めいた声がするが、俺はまっすぐ医者を見た。
沈黙。
「彼女の心を壊したのは私です。それなのに、私は彼女に謝罪の言葉も伝えていない。彼女に謝りたいんです…」
俺の言葉に、一同は沈黙した。
自分でもわかっているさ。
これは彼女の為じゃない、自分の為だってことくらい…。
罪悪感を薄ませたい、そんな気持ちがないわけじゃない。
でも、謝りたいんだ。
誠心誠意、彼女に謝りたい。
医者がため息をついた。
「わかりました。ですが、いきなり謝られても、奥様の負担になるでしょうから、少しづつ謝罪の意を伝えていきましょう」
「というと?」
「まずは手紙や花束のメッセージカードなどからです」
148
お気に入りに追加
5,270
あなたにおすすめの小説
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
愛してくれないのなら愛しません。
火野村志紀
恋愛
子爵令嬢オデットは、レーヌ伯爵家の当主カミーユと結婚した。
二人の初対面は最悪でオデットは容姿端麗のカミーユに酷く罵倒された。
案の定結婚生活は冷え切ったものだった。二人の会話は殆どなく、カミーユはオデットに冷たい態度を取るばかり。
そんなある日、ついに事件が起こる。
オデットと仲の良いメイドがカミーユの逆鱗に触れ、屋敷に追い出されそうになったのだ。
どうにか許してもらったオデットだが、ついに我慢の限界を迎え、カミーユとの離婚を決意。
一方、妻の計画など知らずにカミーユは……。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる