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6話 男の懺悔
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~ リューベック視点 ~
エリーゼは、今日も目覚めない。
2日前、彼女は高熱により意識を失っていた。
急いで医者を呼び、治療できたことで一命を取り止めたが、危なかった。
エリーゼを夫婦の寝室に移動させ、侍女長についてもらっている。
仕事が手につかない。
執務室で一人机に向かい、書類と格闘するが、エリーゼの顔が脳裏に浮かぶ。
「はぁ…」
頭を抱える。
机に置いてある書類を見て、また気持ちを切り替える。
ミリアリアへの復讐は今しかない。
結婚してしまうと、侯爵家の庇護下に入り、滅多なことでは罰せられなくなる。
我ながらなんて愚かなんだ。
復讐する相手に、最高の結婚をプレゼントしてしまうなんて…。
だが、まだ間に合う。
今まで集めた証拠に、ワイン工房の支配人の証言。
それに、購入履歴を閲覧していてわかったが、元子爵・夫人、ミリアリアは定期的にあそこでワインを買っていたのがわかった。
ハロルド以外にも犯行を行っている可能性が高い。
国王管轄のワインを使って殺人をしていると公表されれば、只ではすまないだろう。なんとも大胆な犯行と言わざる終えない。
あとは、断罪後にこちらに火の粉が掛からないよう根回ししなくては…。
侯爵家にも金で根回ししておけば、簡単にミリアリアを手放すはずだ。
あの家も影で莫大な借金をしている。
この時点でなら『慰謝料』を払えば大人しく手を引くはずだ。
だが、元子爵夫妻が問題だ。
ハロルドが死んだとき、ミリアリアは18歳の小娘だ。国王のワインを使って犯行に及ぶ大胆な計画を一人で考えられるわけがない。
おそらく両親のやっていることを真似した、もしくはやり方を教わったかしたのだろう。
調べ直さないと。
やらなければいけないことが山ほどあるのに、エリーゼの事を考えると手が止まってしまう…。
早く目覚めてくれ。
どうか、愚かな男の懺悔を聞いてくれないだろうか…。
×××
コンコン。
俺は夫婦の寝室のドアをノックした。
侍女長が扉をあける。
「どうだ?」
俺の問に、侍女長は首を横にふる。
ベッドに横たわるエリーゼ。
ベッド脇にある椅子に腰かける。
彼女の細い手を握った。
手袋越しではない彼女の手は、柔らかく暖かかった。
俺がずっと拒み続けてきた手。
その手に触れて、思わず泣けてきた。
すまない。
言葉では言い尽くせない懺悔を、その手に込めた。
指が動いた?!
俺は彼女の顔を覗き込んだ。
今まで閉じて見れなかった、紫色の瞳が開いた。
「エリーゼ!」
目がゆっくりと開く。
嬉しい。
涙が邪魔で目が霞んでしまう。
「エリーゼ、良かった。目が覚めたんだな!」
沈黙。
「エリーゼ?」
彼女の瞳は空虚を撮していた。
血の気が引く。
「医者を、医者を呼んでくれ!」
侍女長は慌てて部屋から出ていった。
「エリーゼ!」
彼女の手を掴み呼び掛けたが、何の反応もなかった。
彼女の痛ましい姿に、己の罪深さを痛感した。
俺は取り返しがつかない事を、彼女にしてしまった。
×××
医者の話では、過度なストレスにより精神と体が不安定になっている。本来なら、ストレスを取り除くか、精神的安らぎを与えればよくなるそうだが、この状態ではどうする事も出来ない。
医者の説明を聞いて、状況の悪さに絶望する。
「どうすれば治りますか?!お嬢様を助けて下さい!」
侍女長の悲痛な声が胸に刺さる。
「まずは安静に。食事ができるようになれば、少しは変わるかもしれません」
×××
我ながらクズだと思う。
エリーゼをあんなにしてしまったのに、ミリアリアへの復讐の炎は消えてない。
彼女の看病の傍らで、元子爵夫妻の事を調べ回った。
困窮していた時期、夫婦そろって詐欺まがいな事をしていたようだ。
叩けば叩くほどホコリが出てくる。
ハロルド殺害方法と同じように殺された人達が何人もいた。
人気の娼婦、男婦、富豪の老人達。
みな、『貴族の関与』が疑われ、おざなりな調査しかされてないようだ。
調査指揮をとっていた奴も怪しい。
まだまだ報告が上がりそうだ。
人の金をかすめ取り、用済みになったら殺して有耶無耶にする。
反吐が出るほど最低なやり口だ。
腐ったやつらだ。
ただ一人、エリーゼだけは領民の為に走り回り、孤児院への慈善活動を行っていたようだ。
母親やミリアリアが、茶会や夜会で着るドレスや装飾品を買い漁ってるなか、彼女はそう言った会に出ることはなく、ほとんどドレスは持っていなかったようだ。
少し調べれば、簡単にわかった事だった。
エリーゼが犯人だと決めつけ、捜査を打ち切った当時の自分を殺したい。
調べた内容や証拠を貴族裁判所に持ち込み、裁判員に多少の『心付け』を渡し、公平な裁判をしてもらった。
ジェントリの身分なら、叶わなかったハロルドの復讐。
俺は、一人の女性を犠牲にして、その夢を叶えた。
国王の領地で作られた、希少なワインを犯行に使った事は、世間に衝撃を与えた。
元子爵夫妻は北の牢獄に投獄が決まった。
「ジェントリの言葉など信じるな!俺は子爵だぞ!」
「薄汚い平民が!私達は騙されたのよ!全部こいつのでっち上げよ!」
護送されるときの醜い姿に人々は侮蔑の視線を送っていた。
復讐相手のミリアリアは、髪を切られ最も厳しいと言われる修道院に入れられるそうだ。
犯行手口が親のやり方と酷似していることから、二人に唆されて罪を犯したと判断され、情状酌量のもと刑が確定された。
侯爵家は『慰謝料』を受け取ると
「今回は縁がなかったな」
と、嬉しそうに話した。
ローベンシュタイン子爵家は新領主になっている事と俺が原告だから、お咎めはなかった。これから周りの信頼回復に心血を注ぐことになる。
まぁ、根回しはすでにできているので、問題はないだろう。
しかし、なんて虚しいんだろう。
復讐を遂げて、ハロルドの墓前に報告に行けることは嬉しいが、それだけだ。
下劣な売女の幸せな未来を叩き潰し、生涯ハロルドへ懺悔をしながら生きる。そんな立場にミリアリアを追いやったのに。
ミリアリアに悪事の方法を教え、自らも罪を犯していた子爵夫妻も、死ぬより辛い北の牢獄に送り込んだのに…。
俺の心は晴れない。
それもそうだろう。
何の罪もない、ただ懸命に生きていた女性の真心を、愛情をこの手で叩き壊したのだ。
あの罪深い奴らと、俺は同類になってしまった。
もう遅いのはわかってる。
でも償わせてほしい。
どんな罵りも、罵倒も全て受け止めるから、愚かな男と、馬鹿な男と悪態をついてくれないか。
君の細い腕が心配だが、君の怒りがこもった手で俺を叩いてくれないか。
憎悪で構わないから、俺を見てくれないか。
今度こそ君に愛を捧げるよ。
嘘偽りのない、真心と共に。
エリーゼは、今日も目覚めない。
2日前、彼女は高熱により意識を失っていた。
急いで医者を呼び、治療できたことで一命を取り止めたが、危なかった。
エリーゼを夫婦の寝室に移動させ、侍女長についてもらっている。
仕事が手につかない。
執務室で一人机に向かい、書類と格闘するが、エリーゼの顔が脳裏に浮かぶ。
「はぁ…」
頭を抱える。
机に置いてある書類を見て、また気持ちを切り替える。
ミリアリアへの復讐は今しかない。
結婚してしまうと、侯爵家の庇護下に入り、滅多なことでは罰せられなくなる。
我ながらなんて愚かなんだ。
復讐する相手に、最高の結婚をプレゼントしてしまうなんて…。
だが、まだ間に合う。
今まで集めた証拠に、ワイン工房の支配人の証言。
それに、購入履歴を閲覧していてわかったが、元子爵・夫人、ミリアリアは定期的にあそこでワインを買っていたのがわかった。
ハロルド以外にも犯行を行っている可能性が高い。
国王管轄のワインを使って殺人をしていると公表されれば、只ではすまないだろう。なんとも大胆な犯行と言わざる終えない。
あとは、断罪後にこちらに火の粉が掛からないよう根回ししなくては…。
侯爵家にも金で根回ししておけば、簡単にミリアリアを手放すはずだ。
あの家も影で莫大な借金をしている。
この時点でなら『慰謝料』を払えば大人しく手を引くはずだ。
だが、元子爵夫妻が問題だ。
ハロルドが死んだとき、ミリアリアは18歳の小娘だ。国王のワインを使って犯行に及ぶ大胆な計画を一人で考えられるわけがない。
おそらく両親のやっていることを真似した、もしくはやり方を教わったかしたのだろう。
調べ直さないと。
やらなければいけないことが山ほどあるのに、エリーゼの事を考えると手が止まってしまう…。
早く目覚めてくれ。
どうか、愚かな男の懺悔を聞いてくれないだろうか…。
×××
コンコン。
俺は夫婦の寝室のドアをノックした。
侍女長が扉をあける。
「どうだ?」
俺の問に、侍女長は首を横にふる。
ベッドに横たわるエリーゼ。
ベッド脇にある椅子に腰かける。
彼女の細い手を握った。
手袋越しではない彼女の手は、柔らかく暖かかった。
俺がずっと拒み続けてきた手。
その手に触れて、思わず泣けてきた。
すまない。
言葉では言い尽くせない懺悔を、その手に込めた。
指が動いた?!
俺は彼女の顔を覗き込んだ。
今まで閉じて見れなかった、紫色の瞳が開いた。
「エリーゼ!」
目がゆっくりと開く。
嬉しい。
涙が邪魔で目が霞んでしまう。
「エリーゼ、良かった。目が覚めたんだな!」
沈黙。
「エリーゼ?」
彼女の瞳は空虚を撮していた。
血の気が引く。
「医者を、医者を呼んでくれ!」
侍女長は慌てて部屋から出ていった。
「エリーゼ!」
彼女の手を掴み呼び掛けたが、何の反応もなかった。
彼女の痛ましい姿に、己の罪深さを痛感した。
俺は取り返しがつかない事を、彼女にしてしまった。
×××
医者の話では、過度なストレスにより精神と体が不安定になっている。本来なら、ストレスを取り除くか、精神的安らぎを与えればよくなるそうだが、この状態ではどうする事も出来ない。
医者の説明を聞いて、状況の悪さに絶望する。
「どうすれば治りますか?!お嬢様を助けて下さい!」
侍女長の悲痛な声が胸に刺さる。
「まずは安静に。食事ができるようになれば、少しは変わるかもしれません」
×××
我ながらクズだと思う。
エリーゼをあんなにしてしまったのに、ミリアリアへの復讐の炎は消えてない。
彼女の看病の傍らで、元子爵夫妻の事を調べ回った。
困窮していた時期、夫婦そろって詐欺まがいな事をしていたようだ。
叩けば叩くほどホコリが出てくる。
ハロルド殺害方法と同じように殺された人達が何人もいた。
人気の娼婦、男婦、富豪の老人達。
みな、『貴族の関与』が疑われ、おざなりな調査しかされてないようだ。
調査指揮をとっていた奴も怪しい。
まだまだ報告が上がりそうだ。
人の金をかすめ取り、用済みになったら殺して有耶無耶にする。
反吐が出るほど最低なやり口だ。
腐ったやつらだ。
ただ一人、エリーゼだけは領民の為に走り回り、孤児院への慈善活動を行っていたようだ。
母親やミリアリアが、茶会や夜会で着るドレスや装飾品を買い漁ってるなか、彼女はそう言った会に出ることはなく、ほとんどドレスは持っていなかったようだ。
少し調べれば、簡単にわかった事だった。
エリーゼが犯人だと決めつけ、捜査を打ち切った当時の自分を殺したい。
調べた内容や証拠を貴族裁判所に持ち込み、裁判員に多少の『心付け』を渡し、公平な裁判をしてもらった。
ジェントリの身分なら、叶わなかったハロルドの復讐。
俺は、一人の女性を犠牲にして、その夢を叶えた。
国王の領地で作られた、希少なワインを犯行に使った事は、世間に衝撃を与えた。
元子爵夫妻は北の牢獄に投獄が決まった。
「ジェントリの言葉など信じるな!俺は子爵だぞ!」
「薄汚い平民が!私達は騙されたのよ!全部こいつのでっち上げよ!」
護送されるときの醜い姿に人々は侮蔑の視線を送っていた。
復讐相手のミリアリアは、髪を切られ最も厳しいと言われる修道院に入れられるそうだ。
犯行手口が親のやり方と酷似していることから、二人に唆されて罪を犯したと判断され、情状酌量のもと刑が確定された。
侯爵家は『慰謝料』を受け取ると
「今回は縁がなかったな」
と、嬉しそうに話した。
ローベンシュタイン子爵家は新領主になっている事と俺が原告だから、お咎めはなかった。これから周りの信頼回復に心血を注ぐことになる。
まぁ、根回しはすでにできているので、問題はないだろう。
しかし、なんて虚しいんだろう。
復讐を遂げて、ハロルドの墓前に報告に行けることは嬉しいが、それだけだ。
下劣な売女の幸せな未来を叩き潰し、生涯ハロルドへ懺悔をしながら生きる。そんな立場にミリアリアを追いやったのに。
ミリアリアに悪事の方法を教え、自らも罪を犯していた子爵夫妻も、死ぬより辛い北の牢獄に送り込んだのに…。
俺の心は晴れない。
それもそうだろう。
何の罪もない、ただ懸命に生きていた女性の真心を、愛情をこの手で叩き壊したのだ。
あの罪深い奴らと、俺は同類になってしまった。
もう遅いのはわかってる。
でも償わせてほしい。
どんな罵りも、罵倒も全て受け止めるから、愚かな男と、馬鹿な男と悪態をついてくれないか。
君の細い腕が心配だが、君の怒りがこもった手で俺を叩いてくれないか。
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