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4話 愛の壊れる音【性的雰囲気有り】
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私は朝から晩まで下働きメイドとして働いている。
困窮時には毎日やっていた作業だ。
それなりにやっている。
他の使用人達も、仲良くはしてくれないが、蔑んだりはしない。
仕事を手伝ったりしないが、出来ない量を任されることはなかった。
執事長や、侍女長が調整してくれていたのだろう。
助けられない分、無理のないように調整してくれた事に、喜びと心配が募った。
どうか、二人に罰が下りませんように。
彼の誤解を解くには真犯人を見つけるしかないと思うが、屋敷の外に出ることはできず、情報収集も出来ないまま時間だけが過ぎていった。
そんな生活を半月続けた。
ある日、彼は女性を連れて帰ってきた。
胸元が大きく開いた深紅のドレスを身にまとい、妖艶な雰囲気を出す美女だった。
「エリーゼを隣の部屋に待機させろ」
彼は執事長に命令し、夫婦の寝室の隣の部屋に私を押し込めた。
嫌な予感がした。
しばらく、男女の談笑する声が聞こえたが、そのうち女の淫らな声が聞こえてきた。
私は隣の部屋で、愛する旦那様が別の女に愛を注ぐ音を聞かされたのだ。
なんて恐ろしく、残酷なのか…。
他の女性を愛する事で「お前など愛していない」と彼に言われているようだ。
私が彼を愛しているとわかった上で、その愛を土足で踏みにじる。
復讐にはうってつけだ。
「その顔が愛らしいな」
ーーー『君は愛らしいな』
優しかった時の彼の言葉と、知らない女に愛を囁く声が重なる。
結婚式の前に『閨の作法』を教わったが『ベッドに横になり、殿方の愛を受け取りなさい』とよくわからなかった。
でも、今隣の部屋で行われている行為は、私が受けとるはずたった愛だ。
「声をもっと聞かせろ」
ーーー『君の声が好きだよ』
「いいぞ!」
ーーー『愛してるよ』
やめて、壊さないで。
私の愛を壊さないで。
「激しい~」
「それが好きなんだろ」
『好きだよ』
聞こえないように耳を塞ぐが、音は容赦なく響いてくる。
「あーーー!」
「いやーーーー!!」
女の声と、自分の悲鳴がリンクする。
私が受け取るはずだった愛が。
貴方に捧げる愛が。
汚れていく。
私は呆然と涙を流した。この地獄が早く終わるように願った。
やめて、聞きたくない。
聞きたくないの!
よくわからない音と、男女の声が部屋に木霊して聞こえて来る。
のろのろと部屋を出ようとするが、鍵は外から閉められており、出れない。
乱暴にドアノブを回しても、びくともしなかった。最後は力尽きて、扉を背に身を丸め耳を塞ぎ続けた。
どれくらいそうしていたのだろう…。
部屋に押し込められたときは、まだ明るかったが、外はすっかり暗くなっていた。
隣の部屋から人が出ていく音が、微かにわかった。
しかし、顔をあげることもできなかった。
女の笑い声がする。
「奥様が隣の部屋に居るのに、あんなに激しくなさるなんて、罪な方ですね」
「そっちこそ。聞かれてるとわかってて、あんな大声を出していたんだろ?性悪だな。それとも、聞かれているのに興奮してたのか?」
「フフフ、それは旦那様でしょ?あんなに激しいんですもの」
「ハハハ、この後の事を考えると、つい激しくしてしまったんだ」
「あら。あんなにしたのに、今度は奥様とですか?」
「まさか。汚らわしい女に触るわけないだろう。惨めなあいつの顔を見るのが楽しみなだけさ」
「あら酷い。フフ、おかわいそうな奥様。また、ご入り用の際は声をかけてくださいな」
「あぁ、その時はよろしく」
リップ音がした。
私は一度もキスしたことが無いのに。
私の心はズタズタだ。
足音が遠ざかり、また近づいてきた。
鍵の開く音がする。
扉が背を押す。
その拍子に床に倒れ込んだ。
「ククク、無様だな」
彼の声だ。
恐る恐る扉の方を見ると、彼の姿は逆光で黒く見えないが、口元だけはかろうじて見えた。
笑っていた。
「酷い顔だ。このやり方は正解だったな」
なんて残酷なの。
「メイドをさせても、なかなか根をあげないからどうしようかと思っていた。やっと、お前の『その顔』が見れた」
絶望に染まる顔が見たかったのね。
本当、悪趣味。
愛してる心を踏みにじるのが、そんなに嬉しいなんて…。
「明日、やっとあのワイン工房に行ける。そこの購入者履歴にお前の名前があれば、全ての証拠が揃う。ハロルドを殺した、お前の罪を暴いてやる」
彼は笑いながら部屋を後にした。
私は声も出せずに、ただただ涙を流し続けた。
胸が苦しい…。
こんな非道な事をされているのに、この胸に込み上げるのは憎しみや恨みではなく、悲しみだった。
彼の事など切り捨てて、憎んでしまいたい。そうすれば、こんな悲しみなんて感じずに済むのに…。
彼を愛する気持ちが胸を締め付ける。
この愛を消してしまいたい…。
憎しみが愛を塗り替えてしまえばいいのに…。
どうしてこんなに彼を愛しく思ってしまうのだろう。
×××
その後、フラフラになりながらも、自力で部屋に戻った。
だが、着替える気力もなく、そのままベッドに倒れこんだ。
激しい頭痛に倦怠感。
このまま死ぬかもしれない。
いや、死ねたら幸せなのかしれない。
私の脳裏に浮かんだのは、孤児院で子供達と楽しく遊んだ記憶と、愛する旦那様が子供達と遊んでいた光景だった。
困窮時には毎日やっていた作業だ。
それなりにやっている。
他の使用人達も、仲良くはしてくれないが、蔑んだりはしない。
仕事を手伝ったりしないが、出来ない量を任されることはなかった。
執事長や、侍女長が調整してくれていたのだろう。
助けられない分、無理のないように調整してくれた事に、喜びと心配が募った。
どうか、二人に罰が下りませんように。
彼の誤解を解くには真犯人を見つけるしかないと思うが、屋敷の外に出ることはできず、情報収集も出来ないまま時間だけが過ぎていった。
そんな生活を半月続けた。
ある日、彼は女性を連れて帰ってきた。
胸元が大きく開いた深紅のドレスを身にまとい、妖艶な雰囲気を出す美女だった。
「エリーゼを隣の部屋に待機させろ」
彼は執事長に命令し、夫婦の寝室の隣の部屋に私を押し込めた。
嫌な予感がした。
しばらく、男女の談笑する声が聞こえたが、そのうち女の淫らな声が聞こえてきた。
私は隣の部屋で、愛する旦那様が別の女に愛を注ぐ音を聞かされたのだ。
なんて恐ろしく、残酷なのか…。
他の女性を愛する事で「お前など愛していない」と彼に言われているようだ。
私が彼を愛しているとわかった上で、その愛を土足で踏みにじる。
復讐にはうってつけだ。
「その顔が愛らしいな」
ーーー『君は愛らしいな』
優しかった時の彼の言葉と、知らない女に愛を囁く声が重なる。
結婚式の前に『閨の作法』を教わったが『ベッドに横になり、殿方の愛を受け取りなさい』とよくわからなかった。
でも、今隣の部屋で行われている行為は、私が受けとるはずたった愛だ。
「声をもっと聞かせろ」
ーーー『君の声が好きだよ』
「いいぞ!」
ーーー『愛してるよ』
やめて、壊さないで。
私の愛を壊さないで。
「激しい~」
「それが好きなんだろ」
『好きだよ』
聞こえないように耳を塞ぐが、音は容赦なく響いてくる。
「あーーー!」
「いやーーーー!!」
女の声と、自分の悲鳴がリンクする。
私が受け取るはずだった愛が。
貴方に捧げる愛が。
汚れていく。
私は呆然と涙を流した。この地獄が早く終わるように願った。
やめて、聞きたくない。
聞きたくないの!
よくわからない音と、男女の声が部屋に木霊して聞こえて来る。
のろのろと部屋を出ようとするが、鍵は外から閉められており、出れない。
乱暴にドアノブを回しても、びくともしなかった。最後は力尽きて、扉を背に身を丸め耳を塞ぎ続けた。
どれくらいそうしていたのだろう…。
部屋に押し込められたときは、まだ明るかったが、外はすっかり暗くなっていた。
隣の部屋から人が出ていく音が、微かにわかった。
しかし、顔をあげることもできなかった。
女の笑い声がする。
「奥様が隣の部屋に居るのに、あんなに激しくなさるなんて、罪な方ですね」
「そっちこそ。聞かれてるとわかってて、あんな大声を出していたんだろ?性悪だな。それとも、聞かれているのに興奮してたのか?」
「フフフ、それは旦那様でしょ?あんなに激しいんですもの」
「ハハハ、この後の事を考えると、つい激しくしてしまったんだ」
「あら。あんなにしたのに、今度は奥様とですか?」
「まさか。汚らわしい女に触るわけないだろう。惨めなあいつの顔を見るのが楽しみなだけさ」
「あら酷い。フフ、おかわいそうな奥様。また、ご入り用の際は声をかけてくださいな」
「あぁ、その時はよろしく」
リップ音がした。
私は一度もキスしたことが無いのに。
私の心はズタズタだ。
足音が遠ざかり、また近づいてきた。
鍵の開く音がする。
扉が背を押す。
その拍子に床に倒れ込んだ。
「ククク、無様だな」
彼の声だ。
恐る恐る扉の方を見ると、彼の姿は逆光で黒く見えないが、口元だけはかろうじて見えた。
笑っていた。
「酷い顔だ。このやり方は正解だったな」
なんて残酷なの。
「メイドをさせても、なかなか根をあげないからどうしようかと思っていた。やっと、お前の『その顔』が見れた」
絶望に染まる顔が見たかったのね。
本当、悪趣味。
愛してる心を踏みにじるのが、そんなに嬉しいなんて…。
「明日、やっとあのワイン工房に行ける。そこの購入者履歴にお前の名前があれば、全ての証拠が揃う。ハロルドを殺した、お前の罪を暴いてやる」
彼は笑いながら部屋を後にした。
私は声も出せずに、ただただ涙を流し続けた。
胸が苦しい…。
こんな非道な事をされているのに、この胸に込み上げるのは憎しみや恨みではなく、悲しみだった。
彼の事など切り捨てて、憎んでしまいたい。そうすれば、こんな悲しみなんて感じずに済むのに…。
彼を愛する気持ちが胸を締め付ける。
この愛を消してしまいたい…。
憎しみが愛を塗り替えてしまえばいいのに…。
どうしてこんなに彼を愛しく思ってしまうのだろう。
×××
その後、フラフラになりながらも、自力で部屋に戻った。
だが、着替える気力もなく、そのままベッドに倒れこんだ。
激しい頭痛に倦怠感。
このまま死ぬかもしれない。
いや、死ねたら幸せなのかしれない。
私の脳裏に浮かんだのは、孤児院で子供達と楽しく遊んだ記憶と、愛する旦那様が子供達と遊んでいた光景だった。
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