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28話 ヘンリー王の提案
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「マルマーダ嬢。いや、アルデバイン公女」
マチルダの元に向かう私に、ヘンリー王が声をかけてきた。
サイラス様に『誰に声をかけられてもマチルダ様に呼ばれている』と告げて、寄り道せずにマチルダの元に向かえと言われているが、他国の王族を蔑ろにするのは良くない。
仕方なく足を止めた。
「オルトハット王国の太陽にご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう、アルデバイン公女。最後にあったのは二年前の学院卒業パーティーだったな。息災だったか?」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。はい、変わりありませんわ。オルトハット国王陛下もお元気そうで何よりです」
「単身、イエルゴート王国に勤めに行った君を案じていたんだ。養い親とは上手くいっているのか?何か不便があれば私に言いなさい。君の貴族籍を復活させる準備は何時でも出来ているよ」
挨拶だけでこの場を辞退したいのに、ヘンリー王は私を逃がすまいと話を振ってくる。
とても面倒だが、この人は油断ならない。
適当な返事を返すと、足元をすくわれそうだ。
「お気遣いありがとうございます。ですが、ご心配には及びませんわ。アルデバイン公爵様、いえ、お義父様とお義母様にとても可愛がって頂いておりますし、マチルダ王太女殿下に仕えられる誉れに、感謝しかございませんわ」
お互い笑顔で話しているが、背筋がビリビリする。獰猛な野獣に品定めされている気分だ。
「そうか、それは良かった。だが、マルマーダ伯爵はずいぶんと寂しそうにしていたな」
お父様の話を振られ、思わず息を詰めてしまった。ヘンリー王の笑顔が深くなった気がする。
「おや、新しい曲が流れ出したな。一曲、お相手願えるかな?」
スッと手を差し出された。
他国の賓客、しかも国王の誘いを無下に断る事は、マチルダ王太女殿下の侍女という立場的にも出来ない。
こちらを気遣うような言葉選びだが、強制しているのに変わりないのだ。
嫌な人だ。
関わりたくないのに……。
私は嫌々ながら、差し出された手を取った。
ニコリと微笑まれるが、背中に悪魔の羽が生えているように思えた。
×××
ゆったりとしたワルツが流れる。
話をするにはピッタリの曲だろう。
「フフ」
「オルトハット王?」
「マチルダがこちらを睨んでいるのが可愛くてね」
「悪趣味」
「おや、一国の王に向かって不敬だね」
「誰にも聞かれてませんから。貴方が無礼だと騒いでも、言い逃れる自信はあります。むしろ、貴方が女性蔑視発言をしたと、泣きながら訴えることも出来ますよ」
発言内容とは裏腹に、私達は微笑みを絶やさないで踊り続ける。
外から見たら、楽しく踊っているようにしか見えないだろう。
「おぉ、怖い。女性は心が決まると強いからね」
「お分かりでしたら、もうマチルダを煩わせないで頂きたいですわ」
「それは出来ない相談だ。今は引き下がるが、必ず頷かせて見せるさ」
「……しつこい男は嫌いですよ、彼女」
「はは、わかってるよ。でも、引き下がれないんだよ、男として」
「愚かですね。貴方もエヴァンス公子も」
「……ブラントと話せた?」
「いいえ。愛する人が守って下さいましたから」
一瞬、ヘンリー王の表情が固まった。
テラスに居たときに感じた気配は、やはりブラントだったようだ。
あの時、サイラス様が私にキスしたのも、おそらく私にブラントが居ることに気付かせたくなかったからだろう。
まったく、過保護なんだから……。
でも、嬉しくて胸が温かくなる。
サイラス様は……おそらく、ブラントと話をしているのだろう。
「戻ってきてくれないか、マルマーダ嬢」
真剣な口調に変わった。
「ブラントは君がいないとダメなんだ。腐っていくあいつを見るのが辛いんだ」
憂いを帯びた美人の懇願なら、大抵の人が心を打たれるのだろうなと、冷めた気持ちが広がる。
「ブラントは君を愛してる。もう一度、あいつにチャンスを与えてやってくれ。お願いだ」
「……」
「君はブラントを愛していたんだろ?ちょっとしたすれ違いで、あんな良い男を逃すのは愚かではないか?このままではブラントの未来が壊れるぞ。良いのか?君のせいでブラントが潰れても」
なるほど。
私の情に訴えかける作戦か。
罪悪感を植え付け、同情を引こうと。
「苦労して私の最も信頼する臣下になったのに、可哀想だと思わないか?国をまとめるのは綺麗事だけじゃやっていけないんだ。君もマチルダの下に居るのだから、わかるだろ?君以外の女と浮き名を流したのも、相手の懐に入るためだった。作戦だったんだ。ブラントはいつだって君を大切に思っていたんだ。私が保証する」
貴方に保証されても意味がないんだけど。
「ブラントの為に考え直してくれ。ブラントと寄りを戻すなら、すぐにでも貴族籍を復活させよう。あぁ、それと元デリカ公爵領の一部を君に迷惑をかけた慰謝料として譲渡するよ。宝石の出土する鉱山が入っているから、一生金には困らないだろう。実家のマルマーダ伯爵家の爵位も侯爵に引き上げるつもりだ。弟のダッセル君はまだ婚約者がいなかっただろう?良家の令嬢を紹介するよ。どうだい?」
すごい厚待遇だ。
何故そこまで必死なの……?
ブラントの為……。
いえ、違うわ。ヘンリー王は焦っているように見える。
なぜ?
「君が過去の事を水に流してくれれば、みんなが幸せになれるんだ。ブラントは喜んで君を受け入れる。極上の男に愛されるんだ、悪い話じゃないだろう?」
私が断るなんて、微塵も思ってない表情だ。
本当、馬鹿にしてくれる。
「お断りしますわ」
満面の笑顔で断ってやった。
向こうも、笑顔を深くする。内心イラついているのが手に取るようにわかる。
マチルダの元に向かう私に、ヘンリー王が声をかけてきた。
サイラス様に『誰に声をかけられてもマチルダ様に呼ばれている』と告げて、寄り道せずにマチルダの元に向かえと言われているが、他国の王族を蔑ろにするのは良くない。
仕方なく足を止めた。
「オルトハット王国の太陽にご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう、アルデバイン公女。最後にあったのは二年前の学院卒業パーティーだったな。息災だったか?」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。はい、変わりありませんわ。オルトハット国王陛下もお元気そうで何よりです」
「単身、イエルゴート王国に勤めに行った君を案じていたんだ。養い親とは上手くいっているのか?何か不便があれば私に言いなさい。君の貴族籍を復活させる準備は何時でも出来ているよ」
挨拶だけでこの場を辞退したいのに、ヘンリー王は私を逃がすまいと話を振ってくる。
とても面倒だが、この人は油断ならない。
適当な返事を返すと、足元をすくわれそうだ。
「お気遣いありがとうございます。ですが、ご心配には及びませんわ。アルデバイン公爵様、いえ、お義父様とお義母様にとても可愛がって頂いておりますし、マチルダ王太女殿下に仕えられる誉れに、感謝しかございませんわ」
お互い笑顔で話しているが、背筋がビリビリする。獰猛な野獣に品定めされている気分だ。
「そうか、それは良かった。だが、マルマーダ伯爵はずいぶんと寂しそうにしていたな」
お父様の話を振られ、思わず息を詰めてしまった。ヘンリー王の笑顔が深くなった気がする。
「おや、新しい曲が流れ出したな。一曲、お相手願えるかな?」
スッと手を差し出された。
他国の賓客、しかも国王の誘いを無下に断る事は、マチルダ王太女殿下の侍女という立場的にも出来ない。
こちらを気遣うような言葉選びだが、強制しているのに変わりないのだ。
嫌な人だ。
関わりたくないのに……。
私は嫌々ながら、差し出された手を取った。
ニコリと微笑まれるが、背中に悪魔の羽が生えているように思えた。
×××
ゆったりとしたワルツが流れる。
話をするにはピッタリの曲だろう。
「フフ」
「オルトハット王?」
「マチルダがこちらを睨んでいるのが可愛くてね」
「悪趣味」
「おや、一国の王に向かって不敬だね」
「誰にも聞かれてませんから。貴方が無礼だと騒いでも、言い逃れる自信はあります。むしろ、貴方が女性蔑視発言をしたと、泣きながら訴えることも出来ますよ」
発言内容とは裏腹に、私達は微笑みを絶やさないで踊り続ける。
外から見たら、楽しく踊っているようにしか見えないだろう。
「おぉ、怖い。女性は心が決まると強いからね」
「お分かりでしたら、もうマチルダを煩わせないで頂きたいですわ」
「それは出来ない相談だ。今は引き下がるが、必ず頷かせて見せるさ」
「……しつこい男は嫌いですよ、彼女」
「はは、わかってるよ。でも、引き下がれないんだよ、男として」
「愚かですね。貴方もエヴァンス公子も」
「……ブラントと話せた?」
「いいえ。愛する人が守って下さいましたから」
一瞬、ヘンリー王の表情が固まった。
テラスに居たときに感じた気配は、やはりブラントだったようだ。
あの時、サイラス様が私にキスしたのも、おそらく私にブラントが居ることに気付かせたくなかったからだろう。
まったく、過保護なんだから……。
でも、嬉しくて胸が温かくなる。
サイラス様は……おそらく、ブラントと話をしているのだろう。
「戻ってきてくれないか、マルマーダ嬢」
真剣な口調に変わった。
「ブラントは君がいないとダメなんだ。腐っていくあいつを見るのが辛いんだ」
憂いを帯びた美人の懇願なら、大抵の人が心を打たれるのだろうなと、冷めた気持ちが広がる。
「ブラントは君を愛してる。もう一度、あいつにチャンスを与えてやってくれ。お願いだ」
「……」
「君はブラントを愛していたんだろ?ちょっとしたすれ違いで、あんな良い男を逃すのは愚かではないか?このままではブラントの未来が壊れるぞ。良いのか?君のせいでブラントが潰れても」
なるほど。
私の情に訴えかける作戦か。
罪悪感を植え付け、同情を引こうと。
「苦労して私の最も信頼する臣下になったのに、可哀想だと思わないか?国をまとめるのは綺麗事だけじゃやっていけないんだ。君もマチルダの下に居るのだから、わかるだろ?君以外の女と浮き名を流したのも、相手の懐に入るためだった。作戦だったんだ。ブラントはいつだって君を大切に思っていたんだ。私が保証する」
貴方に保証されても意味がないんだけど。
「ブラントの為に考え直してくれ。ブラントと寄りを戻すなら、すぐにでも貴族籍を復活させよう。あぁ、それと元デリカ公爵領の一部を君に迷惑をかけた慰謝料として譲渡するよ。宝石の出土する鉱山が入っているから、一生金には困らないだろう。実家のマルマーダ伯爵家の爵位も侯爵に引き上げるつもりだ。弟のダッセル君はまだ婚約者がいなかっただろう?良家の令嬢を紹介するよ。どうだい?」
すごい厚待遇だ。
何故そこまで必死なの……?
ブラントの為……。
いえ、違うわ。ヘンリー王は焦っているように見える。
なぜ?
「君が過去の事を水に流してくれれば、みんなが幸せになれるんだ。ブラントは喜んで君を受け入れる。極上の男に愛されるんだ、悪い話じゃないだろう?」
私が断るなんて、微塵も思ってない表情だ。
本当、馬鹿にしてくれる。
「お断りしますわ」
満面の笑顔で断ってやった。
向こうも、笑顔を深くする。内心イラついているのが手に取るようにわかる。
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