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12話 最後に……

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 卒業生達が思い思いにダンスをする。
 私もその中で、今夜のパートナーのサラ様、色違いのお揃いドレスのマチルダ、涙をこらえるお父様とダンスを楽しんだ。

 もうそろそろパーティーも終わる。

 ダンスで疲れた私は、一人テラスでワインを飲みながら休憩していた。
 月が綺麗だ。
 この夜空は、きっとどこで見上げても同じ様に綺麗なんだろうか……。

「エスメローラ」
 きっと……来ると思った。
 ブラントだ。

「探したよ」
「何かご用意ですか?エヴァンス公子様」
 もう、彼の手は私に届かない。
 準備は全て終わったのだ。
 会わないで終らせる事も出来たが、やっぱり最後はけじめをつけたい。有耶無耶で新天地に行きたくないもの。

「ブラントと呼んでくれないのか?」
「私達は、もうそんな間柄ではないでしょう?」
「今朝届いた婚約破棄の書類を言っているのか?それなら、正式に却下されたよ。王室直々の命令でね」

 今朝、マルマーダ伯爵家はエヴァンス公爵家と王宮に婚約破棄の書類を提出した。
 学院内で飛び交ったデリカ公女様との噂。
 私が目撃したキスの証言。
 城下町でデリカ公女様と宝石店でデートしていたと店主の証言。
 ブラントが購入した宝石の領収書の写し。
 これらも婚約破棄の書類と共に提出した。

 期待はしていなかったが、事実確認も、裏付け調査もされずに、一方的かつ即効で却下されたと、王宮に書類を持っていったお父様が言っていたわ。
 こちらの言い分は何も聞かず『誤解があるので後日両家を王宮に招待する』と受付の責任者が言っていたらしい。

 更に『エスメローラ・マルマーダ伯爵令嬢の国外への出国を禁止する』と命令まで出されたそうだ。

「どんな手を使っても、君を逃がさないよ」
「……なぜ私なんですか?美しく、高貴な女性はたくさんいるわ。それこそ、貴方を盲信する女性なんて、貴方が微笑めばすぐに作れるでしょ」
「作るなんて、辛辣だね」
「……」
 私はじっと彼の瞳を見た。
 軽薄な笑顔をしていた顔が消えた。

「君が好きだよ。好き。何で好きかって聞かれても困るよ。瞳が好き、髪が好き、細い指が好き、小さな唇も好き、少し小柄な姿も好き、よく笑う顔が好き、僕を見ると優しく笑うのが好き。全部こじつけの様に感じるな……。言葉で表せないよ。ただ、君が良いんだ。君じゃなきゃ嫌なんだ」

 彼はゆっくりと私に近づき、髪を1房取ると唇に押し当てた。

「好きだ、エスメローラ」
 熱をはらんだ瞳で見つめられるが、私の中にあるのは無だった。

「君にも、伯爵家にも何も言わなかった事は謝る。申し訳なかった。事前に一言『ある方から命令されて、調査や諜報の為不名誉な噂がでるが、僕が愛しているのはエスメローラただ一人だ。信じて待ってて欲しい』と伝えておけば、君との中も拗れなかった……な」

「きっと……結果は同じでしたよ」
 冷めた目で彼を見た。
「あの日、デリカ公女様とキスしている貴方の目はギラギラしてた。彼女の唇を堪能しているように見えました」
 
 私の無感情の声になのか、それとも発した言葉になのか、彼は動揺したようだ。
 彼の手から髪がすり抜ける。
 それは……私との縁を手放したように思えた。
 
「そ……それは。仕事だったんだ。彼女のポケットにある手紙がどうしても必要で……スカートのポケットを探るには、意識を別に向かせる他なかったんだ。放課後だったし、チャンスはあの時しか……」

「そうですか……。でも、興奮してましたよね」
「っ!……してない」
「そうですか。ポケットの手紙を取るのに、女性の胸を触る必要はありませんでしたよね」

 彼は視線を反らした。

「仕事といって、女性との火遊びが楽しかったのでしょう。恋愛小説ですと、年頃の男性は刺激的な好奇心に弱いと描写されることが多いですから、男性の性って事なのでしょう。別に責めておりません。人間の本能と言うものでしょう」

「責めているじゃないか……」
「ふふっ。おかしな事をおっしゃいますね。貴方に何も求めてないのに、責めるなど無意味ではないですか。私はただ、お別れの挨拶をしたいだけです」

「お別れ?ははっ。残念だね。君はこの国から出られないよ。関所にも港にも通達済みだ。イエルゴート王国に行こうとしているのだろうが、無駄だ」

 勝ち誇った様な彼の顔が滑稽に思える。

「エスメローラ。君は俺と結婚するしかない。駄々をこねるなら、すぐにでも結婚式を上げてもかまわない。そうだ、このままエヴァンス公爵家に連れて帰ろうか。挙式はあとでゆっくりと準備して、先に既成事実を――」
「エヴァンス公子様」
 私は彼の言葉を遮った。
 彼の妄想に付き合うつもりはない。

「私達が初めて会ったのは、エヴァンス公爵家の花が咲き乱れる庭でしたね。お互い、両親に連れられ、紹介された。貴方に微笑まれて、私の心臓は早鐘の様に高鳴ったわ」

「……僕だって同じだよ。君はとても愛らしくて、触ると消えちゃうんじゃないかと思った」

「両家でピクニックに行ったとき、私のお気に入りの帽子が飛んでいってしまいましたね」
「あぁ、君が泣き止まなくて困ったな」

 彼は懐かしそうに話す。
 だが、この話しは楽しい思い出ではない。

「『失くなったものは仕方ないだろ。たかが帽子じゃないか、同じ物は店で探せば見つかるさ。だから泣き止めよ』だったかしら。貴方に嫌われたくなくて、私、無理して笑ったのよね。貴方、私が笑ったことに満足そうな顔してた」

「……」

「たかが帽子、同じ物は店で売ってる……。貴方の言う通りよ。店で売ってる単なる帽子よ。でも、誕生日に両親と選んだ楽しい思い出のつまった帽子だった。貴方は物に込められた思い出も、私の気持ちも、寄り添うことはない。……そんな人なのよ。私がどう思うかなんて、貴方にはどうでもいいこと。私は下位の伯爵家の娘。どんな扱いをされても逆らえない。貴方が他の女性と遊んでも、文句も言えなかったでしょうね」

「僕が浮気すると言いたいのか」
「えぇ」
「違う!僕にはエスメローラだけだ。今回の事は王太子殿下から直々の依頼で、成功すれば僕を側近にしてくれる約束だった。そうなればエヴァンス公爵家は安泰だ。君との将来の為に僕は頑張ったんだ。……たかが一度のキスで、そんなに僕を責めるなよ」

「また、『たかが』ですね」
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