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9話 令嬢に襲撃されました
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「エヴァンス公子様とはどういう関係なの」
朝一番に、私はご令嬢達に絡まれた。
「伯爵家の分際で、エヴァンス公子様を屋敷に呼びつけるなんて、どういう神経をしているの!」
「本当に図々しい!エヴァンス公子様の優しさに付け込んだのでしょう」
学院にある馬車の乗り入れ口に、ご令嬢達は待ち伏せしていたのだ。
私の馬車をみて、入口で醜い顔をがんくび揃えてお出迎えとは、変な意味で豪華だなと不謹慎に思った。
しかし、情報が早い。
ブラントが私の家に来ただけで、こんなに騒ぎが起こるのかと、ドン引きだ。
さて、何て言おうかしら……。
婚約解消をしたいから、婚約者だと名乗るのは下策だ。だからと言って、何の接点もなかった伯爵家に来るのだから、彼女達を納得させられる嘘も思い付かない。
納得させられないのなら――
「何をおっしゃられているのか理解出来ませんわ」
――シラを切るしかないわね。
「何ですって!」
「皆様、少し落ち着いて下さい。確かに昨日、エヴァンス公子様が屋敷に訪問されたらしいのですが、ご用件までは存じ上げませんわ」
「まぁ!白々しい!!」
「それを信じろと!」
興奮している女性の顔は、どなたも醜い表情をしている。普段はおしとやかで美しいご令嬢達なのに、何とも残念なお顔だ。
「そう申されましても……。お父様の仕事の話など、娘の私にはわかりませんもの」
「「はぁ?!?!」」
皆さん、息ぴったりですね。
「お母様が対応しておりましたので、私には何の事やら……」
首をかしげて、困ったわ~と、言いたげな顔をすると、令嬢達の勢いが削がれた。
「女性のドレスと、赤いバラの花束を持って、貴女の屋敷に行ったのよ。何もないわけないでしょ」
令嬢達の一番後ろで、こちらを冷え冷えと見ていた女性が話し出した。
スカーレット・デリカ公爵令嬢だ。
凄いわね。
ブラントが持ってきたものをピタリと言い当てた。
でも、私の屋敷で何があったかは知らない様子だ。
つまり、ブラントの屋敷にスパイでも忍ばせているのだろう。『女性のドレス』と言った事が決めてだ。
箱の中の品物を知っているのは、彼のすぐ近くに情報源があるといっているのと、同じだ。
これは……我家も注意しなくては。
帰ったらお父様に報告が必要ね。
この人なら、今日にでも我家にスパイを潜り込ませるはずだ。
しかし……ブラント。仕事が雑じゃないかしら?貴方の行動は相手に筒抜けって事でしょ。
「何をしている」
凛とした声が響いた。
ヘンリー王太子殿下(18)だ。
深い海のようなブルーの髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ、オルトハット王国の若き太陽だ。
その後ろにブラントや、他の公爵家や侯爵家の令息が控えていた。
あら?
この面子……。
何人か見たことがある。
そう、ブラントがデリカ公女様と熱いキスをしていた場所を、利用していた令息達だ。
「若き太陽にご挨拶申し上げます」
デリカ公女様が皆を代表して挨拶をした。
この中で一番爵位が高い令嬢が、尊い王太子殿下に挨拶するのは普通の事だ。
デリカ公女様のお辞儀に合わせ、他の令嬢や私も頭を下げた。
「ここは学院だ。堅苦しい挨拶は不要。みんな、頭を上げてくれ」
「いえ、まだ門を潜られておりません。学院内とは申せません」
デリカ公女様は頭を上げずに告げた。
「ハハハ。確かに。では、許可する。みんな、頭を上げよ」
殿下の許可をとり、皆が頭を上げた。
「話しづらい。学院の門を潜ろう」
殿下を先頭にゾロゾロとその場にいた生徒が門を潜った。
「で、何の騒ぎだ?馬車の乗り入れ口で何があった。……デリカ嬢」
「女性の些細な会話です」
「ハハハ。苦しい言い訳だな。ブラントがマルマーダ伯爵家に行った事を咎めていたのであろう?」
「さぁ。何の事でしょう」
「女性のドレスを持たせたのが良くなかったな」
「っ!」
あっ、一瞬デリカ公女様の眉がピクリと歪な動きをした。
殿下も気が付いたようで、意地悪な顔をしている。
「束縛も大概にしないと、男は息苦しいぞ。まぁ、ネズミ取りにはちょうど良かった。そうだろ?ブラント」
「殿下の助言に感謝致します」
「ブラントには重要な仕事も任せているんだ。好奇心で男の腹を探るのは淑女としてどうかな?」
「……何の事でしょう」
デリカ公女は優雅に微笑んだ。
華々しい微笑みなのに、鋭利な刃物を思わせる。
「まぁ、程々にしてくれ。マルマーダ伯爵令嬢」
「はい」
突然話しかけられて驚いた。
声がひっくり返らなくてよかった。
「巻き込んですまなかったね。お父上によろしく伝えてくれ」
「勿体無いお言葉です。父に伝えておきます」
「では、みんな。教室に行こう」
そう言って、殿下はブラントやデリカ公女様など、周りの学生を引き連れて校舎に入っていた。
「スカーレット様は嫉妬深いから、お灸を据える為に、ヘンリー殿下が策を講じたのね」
「おかしいと思ったのよ。まったく関係ない伯爵家にエヴァンス公子様が行ったなんて」
「スカーレット様も短慮だったって事ね」
「エヴァンス公爵家にスパイを潜り込ませてたのね。そのスパイを炙り出すための作戦だったなんて、ヘンリー殿下は大胆よね」
「好きな方の屋敷にスパイを派遣するなんて、ちょっとやり過ぎよね」
「本当、怖いわ~」
デリカ公女様の手足となって、私に突っ掛かって来た令嬢達は、ここぞとばかりに陰口を口にした。
太鼓持ちの令嬢は、これだから嫌いなのよね。
しかし……ヘンリー王太子殿下。
爽やかな顔をして恐ろしい人だと思った。
最適なタイミング、『お父上によろしく』と言った事。どこまで先読みしているのだ……。
ブラントがデリカ公女様と熱いキスをしていた理由。
不愉快なあの噂。
……ヘンリー王太子殿下の後ろにいた令息達の数人は、あの場所を利用していた。
昨日の突然の来訪。
ブラントの『私に会いたい気持ち』を利用して、さまざまな思惑を動かしたのではないかと、背筋を凍らせた。
令嬢達が私を糾弾することも、デリカ公女様が『女性のドレス』をブラントが持ってマルマーダ伯爵家を来訪したことを言及することも、私が『お父様の仕事の話などわからない』とシラを切ることも、全て予想されて動いていたとしたら。
恐ろしい……。
朝一番に、私はご令嬢達に絡まれた。
「伯爵家の分際で、エヴァンス公子様を屋敷に呼びつけるなんて、どういう神経をしているの!」
「本当に図々しい!エヴァンス公子様の優しさに付け込んだのでしょう」
学院にある馬車の乗り入れ口に、ご令嬢達は待ち伏せしていたのだ。
私の馬車をみて、入口で醜い顔をがんくび揃えてお出迎えとは、変な意味で豪華だなと不謹慎に思った。
しかし、情報が早い。
ブラントが私の家に来ただけで、こんなに騒ぎが起こるのかと、ドン引きだ。
さて、何て言おうかしら……。
婚約解消をしたいから、婚約者だと名乗るのは下策だ。だからと言って、何の接点もなかった伯爵家に来るのだから、彼女達を納得させられる嘘も思い付かない。
納得させられないのなら――
「何をおっしゃられているのか理解出来ませんわ」
――シラを切るしかないわね。
「何ですって!」
「皆様、少し落ち着いて下さい。確かに昨日、エヴァンス公子様が屋敷に訪問されたらしいのですが、ご用件までは存じ上げませんわ」
「まぁ!白々しい!!」
「それを信じろと!」
興奮している女性の顔は、どなたも醜い表情をしている。普段はおしとやかで美しいご令嬢達なのに、何とも残念なお顔だ。
「そう申されましても……。お父様の仕事の話など、娘の私にはわかりませんもの」
「「はぁ?!?!」」
皆さん、息ぴったりですね。
「お母様が対応しておりましたので、私には何の事やら……」
首をかしげて、困ったわ~と、言いたげな顔をすると、令嬢達の勢いが削がれた。
「女性のドレスと、赤いバラの花束を持って、貴女の屋敷に行ったのよ。何もないわけないでしょ」
令嬢達の一番後ろで、こちらを冷え冷えと見ていた女性が話し出した。
スカーレット・デリカ公爵令嬢だ。
凄いわね。
ブラントが持ってきたものをピタリと言い当てた。
でも、私の屋敷で何があったかは知らない様子だ。
つまり、ブラントの屋敷にスパイでも忍ばせているのだろう。『女性のドレス』と言った事が決めてだ。
箱の中の品物を知っているのは、彼のすぐ近くに情報源があるといっているのと、同じだ。
これは……我家も注意しなくては。
帰ったらお父様に報告が必要ね。
この人なら、今日にでも我家にスパイを潜り込ませるはずだ。
しかし……ブラント。仕事が雑じゃないかしら?貴方の行動は相手に筒抜けって事でしょ。
「何をしている」
凛とした声が響いた。
ヘンリー王太子殿下(18)だ。
深い海のようなブルーの髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ、オルトハット王国の若き太陽だ。
その後ろにブラントや、他の公爵家や侯爵家の令息が控えていた。
あら?
この面子……。
何人か見たことがある。
そう、ブラントがデリカ公女様と熱いキスをしていた場所を、利用していた令息達だ。
「若き太陽にご挨拶申し上げます」
デリカ公女様が皆を代表して挨拶をした。
この中で一番爵位が高い令嬢が、尊い王太子殿下に挨拶するのは普通の事だ。
デリカ公女様のお辞儀に合わせ、他の令嬢や私も頭を下げた。
「ここは学院だ。堅苦しい挨拶は不要。みんな、頭を上げてくれ」
「いえ、まだ門を潜られておりません。学院内とは申せません」
デリカ公女様は頭を上げずに告げた。
「ハハハ。確かに。では、許可する。みんな、頭を上げよ」
殿下の許可をとり、皆が頭を上げた。
「話しづらい。学院の門を潜ろう」
殿下を先頭にゾロゾロとその場にいた生徒が門を潜った。
「で、何の騒ぎだ?馬車の乗り入れ口で何があった。……デリカ嬢」
「女性の些細な会話です」
「ハハハ。苦しい言い訳だな。ブラントがマルマーダ伯爵家に行った事を咎めていたのであろう?」
「さぁ。何の事でしょう」
「女性のドレスを持たせたのが良くなかったな」
「っ!」
あっ、一瞬デリカ公女様の眉がピクリと歪な動きをした。
殿下も気が付いたようで、意地悪な顔をしている。
「束縛も大概にしないと、男は息苦しいぞ。まぁ、ネズミ取りにはちょうど良かった。そうだろ?ブラント」
「殿下の助言に感謝致します」
「ブラントには重要な仕事も任せているんだ。好奇心で男の腹を探るのは淑女としてどうかな?」
「……何の事でしょう」
デリカ公女は優雅に微笑んだ。
華々しい微笑みなのに、鋭利な刃物を思わせる。
「まぁ、程々にしてくれ。マルマーダ伯爵令嬢」
「はい」
突然話しかけられて驚いた。
声がひっくり返らなくてよかった。
「巻き込んですまなかったね。お父上によろしく伝えてくれ」
「勿体無いお言葉です。父に伝えておきます」
「では、みんな。教室に行こう」
そう言って、殿下はブラントやデリカ公女様など、周りの学生を引き連れて校舎に入っていた。
「スカーレット様は嫉妬深いから、お灸を据える為に、ヘンリー殿下が策を講じたのね」
「おかしいと思ったのよ。まったく関係ない伯爵家にエヴァンス公子様が行ったなんて」
「スカーレット様も短慮だったって事ね」
「エヴァンス公爵家にスパイを潜り込ませてたのね。そのスパイを炙り出すための作戦だったなんて、ヘンリー殿下は大胆よね」
「好きな方の屋敷にスパイを派遣するなんて、ちょっとやり過ぎよね」
「本当、怖いわ~」
デリカ公女様の手足となって、私に突っ掛かって来た令嬢達は、ここぞとばかりに陰口を口にした。
太鼓持ちの令嬢は、これだから嫌いなのよね。
しかし……ヘンリー王太子殿下。
爽やかな顔をして恐ろしい人だと思った。
最適なタイミング、『お父上によろしく』と言った事。どこまで先読みしているのだ……。
ブラントがデリカ公女様と熱いキスをしていた理由。
不愉快なあの噂。
……ヘンリー王太子殿下の後ろにいた令息達の数人は、あの場所を利用していた。
昨日の突然の来訪。
ブラントの『私に会いたい気持ち』を利用して、さまざまな思惑を動かしたのではないかと、背筋を凍らせた。
令嬢達が私を糾弾することも、デリカ公女様が『女性のドレス』をブラントが持ってマルマーダ伯爵家を来訪したことを言及することも、私が『お父様の仕事の話などわからない』とシラを切ることも、全て予想されて動いていたとしたら。
恐ろしい……。
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