上 下
6 / 34

5話 決戦前

しおりを挟む
 マチルダとサラ様と夕食を共にした。
 その後、マチルダの希望で二人で大浴場に入った。残念ながら、サラ様は用事があるらしく、ご一緒出来なかった。

 大浴場は大理石が敷き詰められ、豪華絢爛な場所だった。

 お風呂も上がり、マチルダと寝る前のお茶を楽しんでいると、誰かが部屋をノックした。
「エスメローラに早馬が来ました」
 サラ様の声だ。
「例の者からの手紙だそうです。花束もあったそうですが、いつもと同じものと言えばわかると伝令が言ってました。花束は持ってきていません」

 赤いバラ11本の花束だろう。
『愛しいエスメローラへ。Bより』
 文面もきっと一緒なのだろう。

「手紙は?」
「こちらに」
 ドアの下から手紙が差し込まれた。

「殿下の読み通り『明日会いに行く』といった内容です。公爵家からの手紙なので、伯爵夫人の使いが早馬で手紙を持ってきました。急ぎ返答を送ってほしいとのこと」

「彼、ずいぶんと身軽に行動するのね」
「余裕がないのかと推測します」
「でしょうね。今更慌てても遅いのに、滑稽ね。エスメローラ、どうする?」

 マチルダは私に手紙を渡した。

『愛するエスメローラ

 久しぶり。
 この3年は、1日が100日あるのかと思うほど、とても長く、辛かった。
 君も同じ気持ちだったかな?

 学院に入ったとき、君を守るために婚約を公にしなかったが、卒業パーティーで正式に公表しようと思うんだが、どうだろう?

 君のためにドレスも準備したから、明日屋敷に持って行くね。

 ブラントより』

 思わず手紙を握りつぶしそうになった。
 本当、今更ね。
 守るため?ただ、学院に入って羽目を外したかっただけでしょ。
 同じ学院なのだから、会おうと思えばいくらでも会えたはずだ。手紙だって、こんなに簡単に送ってこれるんじゃない。

 嘘つき……。

「明日、会うわ」
「……向き合うの?」
「卒業パーティー前に、煩わしい男と決着をつけてやる」
「……そう。わかったわ。わたくしはエスメローラの味方よ。うまくいかなくても、わたくしが貴女を攫ってあげるわ」
「マチルダ、格好良すぎよ。貴女の事、違う意味で好きになっちゃうじゃない」
「光栄ね」
 マチルダは私のおでこにキスをした。
 慈悲深い微笑みに、ドキドキとときめいてしまったのは、仕方ないだろう。


 ×××


 ブラントとは夕方に会うと連絡し、私達三人で町を散策している。
 せっかく気分転換に誘ってくれたのだ。ブラントより優先するのが当たり前だ。
 
「あっ!このカチューシャ可愛いわね!」
「うん。マチルダに似合ってるよ」
 マチルダは金色のカチューシャを嬉しそうに頭に着けた。

「このブローチ、素敵じゃない?」
 マチルダは黒真珠のブローチを手にした。
 金細工で花を形取り、真ん中に大粒の黒真珠があしらわれている。
 とても素敵だが、見るからに高そうだ。
 
「素敵だけど、ちょっと手に取りにくいわね」
「そう?こんなの普通でしょ。ね、サラ」
「はい。普段使いにしても良いですね」

 さすが王女様ね……。
 このブローチが普段使いなんて……。
 こういう感覚も、マチルダ王女殿下に仕えるなら、習得しておかなくちゃ!
 頑張るぞ!

「本当、エスメローラって考えてる事が顔に出るわね」
「そこが可愛いのですが、心配になります」
「……早くイエルゴートに連れて帰りたいわ」
「独り占めはさせませんからね」
「どの口が言うんだか。もう準備は出来てるのでしょ?」
「ご両親に話を通しています。ただ、エヴァンス公子の出方次第で決めたいと」
「可愛い娘を手放したくはないものね。かといって、娘が不幸な結婚するのを見過ごすことは出来ないって事かしら?」
「はい」

「あちらの首尾はどうなの?」
「整ったようです。おそらく、卒業パーティーに仕掛けると思われます。余裕が出来たので、彼はエスメローラに接触してきたのでしょう」
「……本当、バカよね。それとも驕りかしら?」
「驕りですね。婚約者を約3年放置し、プレゼントは11本の赤いバラを定期的に贈ることしかしなかったトウヘンボクですから」

「……最も愛しい人よ。変わらない愛を貴女に贈ります……って事かしらね」
 
「……自己中男の独り善がりな愛ですよ。どんなに愛し合っている夫婦でも、信頼関係と心を通わさなければ破綻します。『彼女は自分をいつまでも愛し、待っていてくれる』男の甘い妄想です。昔から男はロマンチストで女は現実主義だって言うじゃないですか」
「それは個人によるわね」
「……まぁ、エヴァンス公子はロマンチストでしょ」
「それは否定しないわ」

「マチルダ~!サラ様~」
 私が呼ぶと、二人は難しい顔を止めてニッコリと微笑んだ。
 二人は何かしゃべっていたが、声が小さかったので聞こえなかった。


 ×××


 楽しい時間はあっと言う間だ。
 買い物して、ランチして、植物園を散策して。
 3人で楽しく遊ぶことが出来た。

 決戦の為、マチルダとサラ様が私を屋敷まで送ってくれた。
 馬車の中で、マチルダからあの黒真珠のブローチを渡された。
『こんな高価な物、もらえないわ!』
『今日の記念よ。ね、サラ』
『えぇ。とても似合っていますよ、エスメローラ』
『……ありがとう』
『エスメローラ。笑顔は淑女の武器です。感情が溢れそうになったときほど、腹に力を入れて、姿勢よく、優雅に笑いなさい』
『はい。サラ様』
『良い笑顔です』
 サラ様もマチルダに負けないくらい、微笑みが美しいのよね。いつも見惚れてしまうわ。

 いざ、決戦よ!!
しおりを挟む
感想 378

あなたにおすすめの小説

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。

しげむろ ゆうき
恋愛
 姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。 全12話

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

裏切られた氷の聖女は、その後、幸せな夢を見続ける

しげむろ ゆうき
恋愛
2022年4月27日修正 セシリア・シルフィードは氷の聖女として勇者パーティーに入り仲間と共に魔王と戦い勝利する。 だが、帰ってきたセシリアをパーティーメンバーは残酷な仕打で…… 因果応報ストーリー

好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。

はるきりょう
恋愛
オリビアは自分にできる一番の笑顔をジェイムズに見せる。それは本当の気持ちだった。強がりと言われればそうかもしれないけれど。でもオリビアは心から思うのだ。 好きな人が幸せであることが一番幸せだと。 「……そう。…君はこれからどうするの?」 「お伝えし忘れておりました。私、婚約者候補となりましたの。皇太子殿下の」 大好きな婚約者の幸せを願い、身を引いたオリビアが皇太子殿下の婚約者候補となり、新たな恋をする話。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。

しげむろ ゆうき
恋愛
 キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。  二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。  しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。

処理中です...