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「カルス侯爵」
そう呼ばれるのに慣れるのに、一年はかかった。
元気そうに見えた血縁の父は、再会からほどなくして寝たきりになり、世を去った。
タイミングとしてはぎりぎりであったように思う。まだ余力のある父にできるかぎりのことを教わり、侯爵家になじむための日々を過ごすには、あれ以上後であればおそらく遅すぎた。
かつて大恋愛で社交界を騒がせた母のひそかな離婚と再婚劇、私の侯爵家入りはそれなりに騒がれたものの、それ自体はさほど大きな話題になったとは思えない。
むしろ注目が集まったのは、かつての弟であるマリウスの熱愛。
父の葬式からこの方、マリウスは何かと私を支えてくれていた。
喪が明けて出歩く機会も増えてくると、当然のように迎えに来て、送ってくれる。いつもそばにいる。
伯爵家にいた頃から私はマリウスと血縁にないことは知っていたが、それだけに姉弟の一線を死守していたのだ。
だが、今となってはマリウスの一途さはまっすぐに私をとらえていて、誤魔化しがないだけに私も逃げ隠れなどしていられない。
「あなたが知っていたように、僕も知っていましたよ。僕はもう星に手を伸ばすことを躊躇わない。僕はこれからもずっとあなただけを愛しています」
ついに真摯な告白がなされたとき、私は絞り出すように答えた。
「これでは私は、母娘二代続けて男を惑わす悪女と……」
マリウスは青い瞳を光らせ、切々と告げる。
「悪女かどうか、あなたの人間性はこれまで接してきたひとすべてが知っているでしょう。それでもあなたをいかがわしい目で見るひとがあれば、それはそのひとの心の問題です。堂々としていればいいんですよ。あなたの人生になんの責任もない人達が何を噂したってどうだっていいじゃないですか。あなたはどうしたいんですか? この先、亡き実母の所業に怯え、悪女と呼ばれたくないがためだけに、誰か『適当な』相手を伴侶に選ぶんですか?」
息詰まるような沈黙の末に。
「もしそれで心にもない相手と結ばれるのだとすれば、それこそ悪女の所業ね。気にするのは、体面ではなくそこに愛があるかどうか」
答えた私を、マリウスは強く抱きしめた。満面の笑みとともに唇を寄せて頬に口づけ、「ようやく星がこの手に」と囁いた。
そう呼ばれるのに慣れるのに、一年はかかった。
元気そうに見えた血縁の父は、再会からほどなくして寝たきりになり、世を去った。
タイミングとしてはぎりぎりであったように思う。まだ余力のある父にできるかぎりのことを教わり、侯爵家になじむための日々を過ごすには、あれ以上後であればおそらく遅すぎた。
かつて大恋愛で社交界を騒がせた母のひそかな離婚と再婚劇、私の侯爵家入りはそれなりに騒がれたものの、それ自体はさほど大きな話題になったとは思えない。
むしろ注目が集まったのは、かつての弟であるマリウスの熱愛。
父の葬式からこの方、マリウスは何かと私を支えてくれていた。
喪が明けて出歩く機会も増えてくると、当然のように迎えに来て、送ってくれる。いつもそばにいる。
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だが、今となってはマリウスの一途さはまっすぐに私をとらえていて、誤魔化しがないだけに私も逃げ隠れなどしていられない。
「あなたが知っていたように、僕も知っていましたよ。僕はもう星に手を伸ばすことを躊躇わない。僕はこれからもずっとあなただけを愛しています」
ついに真摯な告白がなされたとき、私は絞り出すように答えた。
「これでは私は、母娘二代続けて男を惑わす悪女と……」
マリウスは青い瞳を光らせ、切々と告げる。
「悪女かどうか、あなたの人間性はこれまで接してきたひとすべてが知っているでしょう。それでもあなたをいかがわしい目で見るひとがあれば、それはそのひとの心の問題です。堂々としていればいいんですよ。あなたの人生になんの責任もない人達が何を噂したってどうだっていいじゃないですか。あなたはどうしたいんですか? この先、亡き実母の所業に怯え、悪女と呼ばれたくないがためだけに、誰か『適当な』相手を伴侶に選ぶんですか?」
息詰まるような沈黙の末に。
「もしそれで心にもない相手と結ばれるのだとすれば、それこそ悪女の所業ね。気にするのは、体面ではなくそこに愛があるかどうか」
答えた私を、マリウスは強く抱きしめた。満面の笑みとともに唇を寄せて頬に口づけ、「ようやく星がこの手に」と囁いた。
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