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「姉さん。明後日のヴィルケル侯爵夫人のサロン、エスコートは僕で大丈夫だよね? どこかで素敵な紳士に誘われたりしていない?」
私の椅子を従僕のようにそっと押し、隣の椅子に腰掛けたマリウスが明るく尋ねてくる。
「私のことよりあなたはどうなの? そろそろ姉ではなく、恋人と連れ立って出かけても良い年頃よ。お誘いもたくさんあるでしょう? 私のことはもう気にしないで」
マリウスは、ご令嬢方を骨抜きにしてしまいそうなほどの甘い微笑を浮かべている。私は視線を彷徨わせ、なるべく直視しないように注意する。私は血がつながらずとも、姉なのだ。あの笑みに目を奪われるわけにはいかない。
私のそっけない態度をどう思っているのか、マリウスは淡々と答えた。
「たしかにお声がけ頂くことはあります。男ならば少しくらいの火遊びはと、悪いお歴々にけしかけられることも。だからといって、僕がひとたび女性と出歩くようなことがあれば、すぐさま噂になる。結婚するならともかく、それ以外の相手とだなんて、とても考えられません」
「それならそれで、真摯に対応すれば良いだけ。婚約するにあたって、まったく人となりを知らないというのも不安でしょうし、いろんなお嬢さんと話してみたらどう? あなたはいつも私のそばを離れないから」
提案のつもりが、苦言となる。それも仕方のないことで、マリウスはいつも私にぴったりとくっついているのだ。あの姉が邪魔だとご令嬢方に睨まれぬよう、私は私で女性陣に気を使いっぱなし。おかげで女友達はたくさんできたし、中にはマリウス抜きで仲の良い相手ももちろんいたが、男性たちと話す暇などあったものではない。
(自分はふしだらな女の娘という負い目があるから、男性はどうも苦手。話さないで済むのはありがたいのだけど。年上の私がいつまでも独り身だから、マリウスが気にして恋人を作れないのかも?)
今更な事実に気づき、私はマリウスへと微笑みかけた。
「私に恋人がいないのに、あなたにだけ言っても説得力が無いわね。明後日までは難しいかもしれないけど、この際お互い相手を見つけましょう。そうしたら、あなたも私も気兼ねなく出かけられるわ」
「え?」
マリウスの顔は笑っていた。極めていつも通りに。それでいて、その短い返答を聞いた瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「まさか姉さん、恋人を作る気なんですか?」
確・認。
私は、そこでハッと小さく息を呑んだ。
(マリウス、もしかして我が家の親世代の不義不倫不貞騒動を誰かから聞いてしまったのでは……!? それで、私が男性とお付き合いすることに嫌悪感があるのかも。目を離したら私がどんなふしだらなことをするかわかったものではないと、警戒して見張っているのね……!!)
「積……っ極的に、恋人が欲しいか欲しくないかといえば欲しいわけじゃないんだけど、私がいつまでも弟離れをしないと姉離れしづらいんじゃないかと思えばやっぱりここは私から」
「特に『弟離れ』なるものは必要ないと、断言します。姉離れも必要ありません」
絶妙な言葉選びによる、明確なプレッシャー。
(これはやっぱり、知っているの? それとも知らないで、あくまで純粋な家族愛から言っているの? でも、「純粋な家族愛」って言葉の胡散臭さといったらないわよ?)
「家族とはいえ姉弟は他人のはじまりといいます。いつか私たちは別々の家庭を持つんです、それが自然の流れ世の摂理。私はともかく、あなたは跡継ぎをもうける責務もありますし」
そこで、物音。いつの間にか父と母が食堂に姿を見せていた。父の視線が、鋭い。会話が聞こえていたのだろうか? 目が合うと「シーラ」と重々しく名を呼ばれた。
私の危機感を肯定するように、父が私に告げた。
「お前を欲しいというひとがいる。一度顔合わせをしてみないか?」
ガタッとマリウスが席を立ったが、発言される前に私も席を立った。
(縁談……! 父も母も表面上は普通に接してくれていたけれど、私をこの家から離す機会については考えていたはず。良かったわ、私、ようやく親の意向に沿うことができる。この上は、ボスマン伯爵家に利益をもたらす話だと嬉しいのだけれど)
出て行くことで初めて成立する、恩返し。私は万感の思いを込めて返事をした。
「ありがとうございます。ぜひその方に、お会いしたいと思います」
* * *
私の椅子を従僕のようにそっと押し、隣の椅子に腰掛けたマリウスが明るく尋ねてくる。
「私のことよりあなたはどうなの? そろそろ姉ではなく、恋人と連れ立って出かけても良い年頃よ。お誘いもたくさんあるでしょう? 私のことはもう気にしないで」
マリウスは、ご令嬢方を骨抜きにしてしまいそうなほどの甘い微笑を浮かべている。私は視線を彷徨わせ、なるべく直視しないように注意する。私は血がつながらずとも、姉なのだ。あの笑みに目を奪われるわけにはいかない。
私のそっけない態度をどう思っているのか、マリウスは淡々と答えた。
「たしかにお声がけ頂くことはあります。男ならば少しくらいの火遊びはと、悪いお歴々にけしかけられることも。だからといって、僕がひとたび女性と出歩くようなことがあれば、すぐさま噂になる。結婚するならともかく、それ以外の相手とだなんて、とても考えられません」
「それならそれで、真摯に対応すれば良いだけ。婚約するにあたって、まったく人となりを知らないというのも不安でしょうし、いろんなお嬢さんと話してみたらどう? あなたはいつも私のそばを離れないから」
提案のつもりが、苦言となる。それも仕方のないことで、マリウスはいつも私にぴったりとくっついているのだ。あの姉が邪魔だとご令嬢方に睨まれぬよう、私は私で女性陣に気を使いっぱなし。おかげで女友達はたくさんできたし、中にはマリウス抜きで仲の良い相手ももちろんいたが、男性たちと話す暇などあったものではない。
(自分はふしだらな女の娘という負い目があるから、男性はどうも苦手。話さないで済むのはありがたいのだけど。年上の私がいつまでも独り身だから、マリウスが気にして恋人を作れないのかも?)
今更な事実に気づき、私はマリウスへと微笑みかけた。
「私に恋人がいないのに、あなたにだけ言っても説得力が無いわね。明後日までは難しいかもしれないけど、この際お互い相手を見つけましょう。そうしたら、あなたも私も気兼ねなく出かけられるわ」
「え?」
マリウスの顔は笑っていた。極めていつも通りに。それでいて、その短い返答を聞いた瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「まさか姉さん、恋人を作る気なんですか?」
確・認。
私は、そこでハッと小さく息を呑んだ。
(マリウス、もしかして我が家の親世代の不義不倫不貞騒動を誰かから聞いてしまったのでは……!? それで、私が男性とお付き合いすることに嫌悪感があるのかも。目を離したら私がどんなふしだらなことをするかわかったものではないと、警戒して見張っているのね……!!)
「積……っ極的に、恋人が欲しいか欲しくないかといえば欲しいわけじゃないんだけど、私がいつまでも弟離れをしないと姉離れしづらいんじゃないかと思えばやっぱりここは私から」
「特に『弟離れ』なるものは必要ないと、断言します。姉離れも必要ありません」
絶妙な言葉選びによる、明確なプレッシャー。
(これはやっぱり、知っているの? それとも知らないで、あくまで純粋な家族愛から言っているの? でも、「純粋な家族愛」って言葉の胡散臭さといったらないわよ?)
「家族とはいえ姉弟は他人のはじまりといいます。いつか私たちは別々の家庭を持つんです、それが自然の流れ世の摂理。私はともかく、あなたは跡継ぎをもうける責務もありますし」
そこで、物音。いつの間にか父と母が食堂に姿を見せていた。父の視線が、鋭い。会話が聞こえていたのだろうか? 目が合うと「シーラ」と重々しく名を呼ばれた。
私の危機感を肯定するように、父が私に告げた。
「お前を欲しいというひとがいる。一度顔合わせをしてみないか?」
ガタッとマリウスが席を立ったが、発言される前に私も席を立った。
(縁談……! 父も母も表面上は普通に接してくれていたけれど、私をこの家から離す機会については考えていたはず。良かったわ、私、ようやく親の意向に沿うことができる。この上は、ボスマン伯爵家に利益をもたらす話だと嬉しいのだけれど)
出て行くことで初めて成立する、恩返し。私は万感の思いを込めて返事をした。
「ありがとうございます。ぜひその方に、お会いしたいと思います」
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