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第十三章 

迷い

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 クロノスに「おかえり」を告げた日から三日が過ぎた。
 食堂の長テーブルの端にて、向かい合って朝食を取っていたジュリアが、スープをすくう手を止めて聞き返してきた。

「会ってない?」

 パンをちぎって口元へ運んでいたクライスは、その声にすでに追求の厳しさを感じながら、頷く。そして、続きを言われる前にパンを咀嚼し、グラスに注いだ水をぐいっと飲み干した。
 目を離したその隙に、ジュリアはジュリアでスープの残りもパンも速やかに胃に収めて完食。クライスがひといきついたタイミングで、これでもかという真顔で尋ねてきた。

「どうして? クライスの想い人も王宮に帰還しているんですよね? 本当に、ひとめも会っていないんですか?」
「あ、うん」

 歯切れ悪く、答える。到底、ジュリアが納得するはずがない。ジュリアは、切れ長の瞳をやや伏し目がちにしてクライスを見つめ、ぐっと声を低めてさらに尋ねてきた。

「時間なら、俺が作るよ。遠慮しないで。気がかりなことがあると、いざというときにきちんと戦えない。言えよ、二倍でも三倍でも働く」

 とどめのように「俺には隠さないでなんでも言えよ」と付け足すときまで、表情が実に「男」で、クライスは変にドキドキとしてしまう。

(ジュリアの恋人さんってすごいな……! さっきまで美人だったのに、この変わりっぷり。すごく頼りがいのある「男」のひとだ。日常的にこの美貌で迫られたら心臓もたないだろうに。慣れるものなのかな?)

 すっかり自分を棚に上げて感心してから、ルーク・シルヴァの麗姿を思い出して、クライスは突っ伏しそうになった。あれもあれですごいんだ、という。
 うなだれたまま、クライスはぼそぼそと言った。

「気遣いは嬉しいけど、いま会える心境じゃなくて。先延ばしにしているうちに……」

 ジュリアは、そのクライスの声をどう思ったのか、ほんの少し語調を和らげつつ確認してきた。

「クライスの恋人は、戦略上重要なポジションだよな? というか魔王ルーク・シルヴァなんだよな」

 それはそうなのだが、はい、そうですと認めにくい質問であった。
 クライスは首を傾げながら答える。

「たしかに魔王ではあるんだけど。、だよ。この王宮ではただのやる気のない魔法使いだ。魔法が結構使えることは知られているから、戦略上重要といえばそうなんだけど……、魔王感は薄い」
「薄くても元魔王なんだよな?」
「それはそうだけど、たぶん会ってもにわかには魔王とは思わないから。見た目だけで言えば、ジュリアだって全然負けてない。ずっと魔王感ある、間違いない」
「魔王感ってなんだよ。さっきから当然みたいな言い方してるけど、俺そんな言葉知らない」

 すかさずきついつっこみをくらい、クライスは「ううぅ」と唸ってしまう。つい口をすべらせてしまったが、ジュリアは魔族ではないし魔王呼ばわりも失礼にあたるかもしれない。
 だが、それ以上つっこんで言われることはなく、ジュリアは周囲にひとがいないのを目視で確認してから、軽くテーブルに身を乗り出して内緒話のようにひそひそと話しかけてきた。

「会えないのでなければ、会わないことを選択しているってことだよな? どうして? 喧嘩した? 魔王は大丈夫なのか、それ」
「喧嘩ではないし、ルーク・シルヴァは平気だよ。おとなだから、僕みたいに些細なことじゃ落ち込まないっていうか」

 気にしているのは自分だけだ、と自嘲めいた笑いをしてしまう。それを見逃すジュリアではなく、むっとした顔になって早口でまくしたててきた。

「恋人同士にとって、会えないっていうのは些細なことじゃない。俺だったらすごく大変なことだ」
「それでも、向こうから会いに来ないわけで……。たぶん、僕が避けていることに気付いているんだ。そういうときに、無理に僕のところに来るひとじゃない。我が強くないっていうのかな。いつも自分のことは二の次にするような性格で」

 あのさ、とジュリアが強く言い放った。

「相手が『自分のことを二の次にするような性格』ってわかってんだろ? わかっていて、放っておくのか? 相手がなにかを我慢しているって認識があるなら、意地張ってないで行けよ! それはクライスにしかどうにかできないんだ。薄情かよ。両方とも譲り合ったり遠慮したりしていると、すれ違って終わるぞ! それとも、終わらない自信でもあるのか? それこそ、どうして? 何を根拠に」

 言うだけ言うと、テーブルの下から、クライスの座る椅子の足を軽くつま先で蹴飛ばしてくる。

「これ以上言わせるな。行け。今日の仕事は全部俺が引き受ける。ぐずぐずするな。ぐずぐずが一番嫌いなんだ、俺は」

 その目には、嘘偽りではなく怒りの業火がひらめいていて、クライスは慌てて席を立った。
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