こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
119 / 122
第十三章 

均衡

しおりを挟む
 出ていったときと同じように、ふらっと帰ってくるんじゃないかと思っていた。
 その予想とたがわずクロノスは、王宮へと帰還した。

「お疲れ。疲れた顔してんな」

 夕闇迫る頃にふらりと修練場に現れたクロノス。何気なく話しかけられ、クライスは「べつに」と言い返す。本当はもっと何か言いたかったのに、胸がつまって声が出なかった。
 見慣れた顔。
 そこにはたしかに、数日前とは違う、迷いのふっきれた明るさがある。
 それを見たら、自分の中でぐずぐずと考えて行き場を失っていた思いまで、ふっと軽くなった。

(勝手に、背負い込もうとしていた。クロノス王子のこと。自分が助けなければいけない相手のように思っていた。そんなわけないのに……。このひとは決して、弱くない)

 クライスにルミナスの記憶があろうとなかろうと、クロノスはクロノスとして生きていた。
 自分の前世がステファノだと打ち明けてきたからといって、クライスに寄りかかるつもりはない。それはつまり、クライスが思っている以上にクロノスは孤高で、無闇と接近するのは難しい存在ということだ。
 ようやく言えたのは、とても簡単な一言。

「殿下は元気そう」
「そうか? まあそういうことにしておくか」

 黒髪が涼しい風に吹かれてなびく。クロノスは、気持ちよさそうに目を細めた。
 他に誰も一緒ではない。ルーク・シルヴァはどうしたのとか、イカロス王子はと確認したいこともたくさんあった。それも今このときは余計な気がして、どうしても言えなかった。

「クライス、先に行きます」

 一緒にいたジュリアがそう言って場を離れると、人気のない空間に二人きりとなる。
 特に何も話し始める様子のないクロノスの横顔を、ぼんやりと見上げる。王妃様に似ているな、と思ったところでちらっと視線を流された。

「そんなに俺を見てどうするんだ。何か言いたいことでもあるのか」
「それは殿下の方じゃないかと。何もなければ、こんなところに来ないでしょう。僕は殿下に何を言われても平気だから、さっさと用事を済ませれば良いんじゃないかな。言いたいことがあるなら、ぜひどうぞ」
「ふぅん?」

 言うつもりのなかった憎まれ口まで。内心、言い過ぎたと早くも後悔しているクライスを、クロノスは目を細めて見下ろしてくる。

「何を言われても……か。そう言われると、なんだろうな。ルーク・シルヴァに、お前より俺を優先させてごめんな? とか」
「へぇ」

 ぴしっと、こめかみに青筋の立つ感覚。
 煽ったのはクライスだが、それならばと急所を突いてくるあたり、遠慮がなさすぎる。

「べつに、二人で行方不明になって、楽しく遊んでいたわけじゃないんだよね。何か必要があってそうしたんだと思っているから、僕は大丈夫。ルーク・シルヴァに一日や二日そっちに行かれるくらい気にしてなんか」
「一日や二日、泊りがけで出かければだいたいのことはできるな」
「何言ってんの? 冗談でも言って良いこと悪いことあるよね? それとも何か事実があるの? 真っ黒なの? 答えによっては僕も対応考えるけど」

 クロノスはちらっと明後日の方を見て考える仕草をした。それから、クライスに笑いかけた。

「さてはあいつのこと、信用してないんだ?」
「しーてーるよーっ!」
「その自信はどこから? ルミナスじゃないくせに」

 クライスは、くっと奥歯を噛み締めた。

(この言葉に怯んではいけない。それは本来負い目ではなく、当たり前のことなんた……!)

 前世にとらわれる必要なんて、最初からなかったのではないかと思う。思い出せもしないのだから。

「ルミナスじゃないけど、それがなんだようるさいな! 僕は僕として生きてきた! 殿下が殿下であるように! それともクロノス殿下は、ステファノとして生きたいの? 生まれ変わったいまでも!」
「それはないかな」
「僕だって、同じだよ!! 前世は関係ない!!」
「そうだよな。俺とお前は初めから関係なかったのに、関わって悪かったな」
「す、素直に謝りすぎだってば、それは!!」

 ノータイムで言い返せたのは、自分にしては上出来。そこからさらにクライスは、クロノスに発言を許さずに喚いた。

「殿下と僕はもう今生できっちり関わっているし、知り合いだし、友達みたいなものだし。たぶん戦闘になれば、お互い役に立つことがわかってる。それでいいよね!?」
「それで……。そうだな」

 頷いて、クロノスは目を閉ざす。抑制のきいた態度。
 踏み込まない、行儀の良い距離。
 それが普通で当たり前で、これからもそうやって行くんだ、と思った瞬間。
 クライスはクロノスの胸ぐらに掴みかかり、自分の方へと引きずり寄せてガツンと思いっきり頭突きをしていた。
 死ぬほど痛かったし、目から火花が飛んだ。
 それはクロノスも同じだろう。
 変な悲鳴を上げたあと、うっすら涙のにじんだ目でクライスを睨みつけた。

「痛ぇ」
「ざまぁみろ」
「ひどいな」
「言いたいだけ言えよ! そういう、何もかも悟ったみたいな顔している殿下なんか大ッ嫌いだ。何度でも痛めつけてやる。それで、僕に二度とそういうこと言う気なくさせてやるよ! せいぜい怯えて震えてろ」

 理不尽、と呟きがもれた。その言葉を追いかけるように唇の動きを目で追うと、クロノスがわずかに体を傾げてクライスの顔をのぞきこんだ。伸ばされた手が後頭部にふれる。
 クライスが目を瞬いて見上げると、クロノスはふっと動きを止めた。
 口角をにっと上げて、笑った。

「キスなんかしない」
「べ、べつにされるなんて思ってない……!」
「警戒したくせに」

 言うだけ言って、興味をなくしたように手を離し、あっという間に踵を返して背を向けてしまう。
 その変わり身の速さに驚いて、クライスは「待てよ」と追いかけた。
 肩越しに振り返ったクロノスは、破顔して答える。

「やだよ。絶対に追いつかれてやるもんか」

 言うなり、おとなげなく走り出した。

「戦闘職なめるなよ!」

 即座にクライスは走り出し、追いついて、その背に手を触れる。
 けれど、それ以上体のどこにも触れることができない。その間に、クロノスはするりと逃れて振り返った。

「魔族とは共存の道を探る。折り合えない相手がいたら、そのときは戦いになる。俺にはお前が必要だし、お前には俺が必要だ。それでいいな?」

(その問いに頷くと、僕は何を手に入れて、何を失うんだ?)

 直感的に、言葉通りの意味ではないように感じた。
 わかっていながらも、クライスは「それでいい」と答えて、クロノスの手を取った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!

菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろうでも公開しています。 2025年1月18日、内容を一部修正しました。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...