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第十二章 友達とか家族とか(後編)

狭間の時代の名もなき英雄

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 ちら、と視線を流されてヴァレリーは居住まいを正した。

 ヴァレリーの目から見て、ルーク・シルヴァには間違いなく人外の迫力がある。
 黒縁眼鏡程度では隠しきれない、超然とした美貌。どこもかしこも整いすぎて冷厳として近寄りがたく、一度でもそうと意識してしまえば声をかけるのも緊張する。
 しかし、そんな弱気を気取られたりしてなるものか、と腹に力を入れた。
 口元に拳をあて、咳払いをしてから告げる。

「今晩休む部屋は二人一緒で構わない……ですか?」
「ああ、べつに。なんだ?」

 答えたのはクロノスで、不思議そうに目を瞬いている。ルーク・シルヴァは素知らぬ顔で腕を組み、目を閉ざしてしまった。我関せず。その落ち着きぶりに得も言われぬ貫禄を感じつつ、ヴァレリーはクロノスに向き直った。

「話は途中からしか聞こえてなかったけど、お二人が種族を超えた恋人同士だっていうのはよくわかりましたので」
「わかってない、それ。全体的に間違えている。何をどう間違えたんだ」

 は? と真顔になったクロノスに対し、ヴァレリーは落ち着いてくださいとばかりに掌を向けた。

「大丈夫、大丈夫。魔族が人間化するときに性別も変えられるのは知っているから。二人がどういう形で結ばれているとしても」
「ヴァレリー、何が言いたい? 俺と喧嘩をしたいという意味なら、相手になるぞ。ルーク・シルヴァが俺を優先しているのはあいつの勝手であって、俺の本意じゃない。断じて無い」

 クロノスのまとう空気が変わる。内側から放たれる魔力の輝きに、ヴァレリーは目を細めた。眩しい。

(やっぱり、このひとはこの時代の魔導士とは格が違う。こういった魔導士が活躍した時代に俺も生きていたなら……)

 命を燃やすほどに戦えたのだろうか。
 新しい時代の魔導士になりきれず、古い時代の後始末をするだけの存在になどならず。今とは全然違う生き方ができたのだろうか。
 くすぶる苦い思いを胸のうちに押し込めて、ヴァレリーは笑った。可能な限り、自然に。

「喧嘩はしてみたいですけどね、本気で。だけどそれよりも、いまはもっと切実な件があると考えています。俺はここ数年活発化していた魔物の動きをずっと追ってました。何か理由や原因があるなら知りたいと思っていた。二人はそれを知っているんですよね。その件、混ぜてもらっていいですか」
「……」

 クロノスは、難しい顔をして口をつぐんだ。
 迷い、躊躇い、様々な感情がその顔をよぎる。やがて、小さく吐息した。

「ここから先は、過去の人間が片をつけるべきことだけど、必要な人間が、この時代ではすでに死んでいる。有り体に言うと、ルミナスがいない。ルミナスがいない状況で戦うには、戦術に限りがあると、俺は知っている。つまり、使える人間が加わるのは歓迎すべきことで……」

 クロノスはそこで言い淀む。
 ヴァレリーは、「使える人間」というその一言に胸が高鳴るのを感じつつも、平静を装って待った。
 必要とされたい、同じ舞台に立ちたい。その高揚感。
 けれど、クロノスは結局「守る人間を残さなければ」と呟いた。

「お前を信用していないわけじゃない。ただ、全員を攻撃側に割いてしまえば、攻めに対する備えが薄くなる。言っている意味はわかるよな?」
「……もちろん」
「お前には守るべき大切なものがあるんだろう? 攻めて敵を討ち取るのも大切だけど、その間に本拠地を攻め落とされたら、悔やんでも悔やみきれないことに……」

 落ち込まないようにしようと思いつつも、どっと疲労感に襲われて、ヴァレリーは言葉が出なくなってしまった。

(なるほど。こうして俺は置いていかれ、前の時代の終わりを見ることなく、次の時代を作ることなく)

 戦乱と平和の間の時代に生き、力を十分に発揮することなく中継ぎで終えていく。
 自分に存在意義があったかどうか、わからないまま。
 しかし、大切なものを守る役目、その意味はわかるだけに、ヴァレリーは思いのすべてを飲み込もうとした。
 その瞬間。

「好きにしろ」

 目を開けた元魔王が、冷ややかに言い放った。
 顔を背けるようにして流された視線までもが、ひとを寄せ付けぬ威厳に満ちている。

「好きにとは」

 背中に変な汗が流れる。ルーク・シルヴァは低い声で答えた。

「言葉以上の意味はない。古い時代の戦いをその脳裏に刻みつけたいというのなら、共に来るが良い。お前たちの勇者が何を考え、何を成そうとし、何を果たせないまま死んでいったか。知りたいのなら、その身をもって知れば良い。この時代にあってそこまで腕を磨いたお前には、その領域に踏み込む資格くらいはあるだろうさ」

 胸の中に、じわりと熱が滲んだ。認められたいと思いながら、諦めてきた何かが、不意に満たされる感覚。
 ここから人生が変わるのではないかと、希望が持てるような。

「行っても良いんですか」
「くどい」

 そう言い捨てて、ルーク・シルヴァは空になったゴブレットを持ち上げる。ほんのわずかに、その顔に物悲しさがよぎったのを見て、ヴァレリーはふきだした。遠慮なく笑いつつ、歩み寄る。ゴブレットを奪い取り、呆れるほどの美貌をのぞきこんで、にやりと笑いかけた。

「ありがとうございます。ワイン注いできますよ」
「礼を言われるようなことは」

 ぶつぶつと言うルーク・シルヴァのつぶやきを背に聞いて、ヴァレリーは意気揚々と歩き出した。
 期待しても、未来は期待通りにはならないかもしれない。名を残すのと引き換えに命を落としたルミナスのように、儚く散るかもしれない。
 そう思いつつも、彼らとともに戦えるというその事実だけが、そのときのヴァレリーの心を満たしていた。


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