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第十二章 友達とか家族とか(後編)

芽を潰すことなく

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「誰に手を貸すのかときかれれば、いま目の前にいる男に」

 ルーク・シルヴァの返答は、至ってシンプルだった。
 クロノスは瞬きすら止めて、ルーク・シルヴァを見つめた。やがて、目の乾きに瞼を閉ざし、開いて、目の前の相手をいま一度見る。

「聞き間違い……。いや、言い間違いかな? あなたは俺に手を貸すような筋合いではないというか、そういう間柄ではないというか。理由が何もない」
故郷ここまで俺を付き合わせておいて、それを言うか? こう見えて、俺はいま恋人よりお前を優先している。まさか、自覚がなかったのか」
「え……、ええっ、ええっ、うわぁぁぁ!?」

 叫びながら、クロノスは椅子の上でのけぞり、そのまま椅子ごと床に倒れた。文字通り派手な音を立てて、ひっくり返った。
 それは食堂の注目を集めるに十分な所業で、なんだなんだとざわめきが起きる。
 助け起こすことなく、優美な所作でゴブレットを傾けて、ルーク・シルヴァは「空だな」と呟く。手元でゴブレットをひっくり返して、一滴も無いと仕草で示してからテーブルに戻した。
 ふら、と立ち上がったクロノスは、恐ろしいものを見る目でルーク・シルヴァに視線を向けた。

「事実ベースで考えればその通りだけど、納得できない。したくない」
「わがままだな」
「なんとでも。こう……、精神的にぼやっとしている間に俺がお前に借りを作った事実を受け止めきれない。もともとの目的は俺とお前と魔力バカのイカロスを加えてレティシアを仕留める……」

 言いながら、クロノスは自分の口をおさえた。「あれ……?」と独り言として呟き、落ち着き無く視線をさまよわせる。

「レティシア追撃に文句のひとつも言わずに加わっている時点で、お前は魔王なのにこっち側なのか? 本当に本当に、一切向こう側に手を貸す気は無いのか? どうして?」
「それは質問しているのか、それとも独り言か?」
「自問自答の類だけど、聞いたほうが手っ取り早いな。なんでだ?」

 きょとんとした様子で聞かれて、ルーク・シルヴァは眼鏡の奥で何度か瞬きをした。
 やがて、ふ、と口元に笑みを浮かべた。

「レティがしていることは、協定違反だ。さらに言えば、未来がない。たとえ人間を滅ぼして一時的に覇権を取ったとしても、種として衰退していくだけの魔族は滅びるしかない。それくらいなら、人型を取れる者はひとに紛れて、混じり合い、そういった形で残っていくのが一番現実的だ。もちろん繁殖力が低いので勢力図を塗り替えるには至らない。つまり、侵略ほどのインパクトはないと、俺は考えている。ただ、いまから遠い未来にかけてゆっくりとひとつになるだけだ。人と魔族が」

「種としての純粋さは」

「俺は純血それを、ありがたいとは思わない。そういった連中もいるが、俺の考えとは違う。これ、俺お前に言ってなかったか?」

「聞いたかな……」

 クロノスは考え込む仕草をしたが、やがてため息を付いた。

「いずれにせよ、同じ地上に、つがえる関係で存在していれば、長い目でみたときにそうなることはあり得るわけで……。将来的にその血をめぐって問題が起きるであろうから阻止しようと言うのは、すなわちこの時点で魔族と完全に滅ぼし合い、殲滅すべきという話なんだけど、おそらくそれをすると被害が尋常ではない」

(人間の中に魔族が入り込み、その血が継がれ……。美貌、魔力。少数である彼らをめぐって争いが起きるのでは。その血を継ぐ者が優位性を誇り他者を圧倒することもあるだろう……しかし、魔族の血を特別視しようにも、絶対数が少ない。今でも覇権を取れていないのに、この先薄れた血で彼らに何ができる)

 頭ではわかる。心が受け入れられるか、だ。異なる種族が人間の中に入り込んでくることについて。
 受け入れようが受け入れまいが、すでに目の前に実物がいる。人間を恋人としている魔族が。
 曰く言い難い表情のクロノスに対し、ルーク・シルヴァはやわらかく微笑みかけた。

「手を貸すかどうか、とな。貸すどころかこれは俺自身の戦いでもある。すべてを思うがままにできるなんて考えていないが、今の段階で芽を潰さないためにできることはあるだろうさ。一晩休んだら、イカロスも来るだろう。そこから、レティを追う」

 言葉には決然とした意志が宿っていて、クロノスは反論することなく「了解」とだけ告げた。
 そこに、クロノスがひっくり返る前後から近づいてきていたヴァレリーが咳払いとともに声をかけた。
 その話、混ぜてもらえるか? と。

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