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第十二章 友達とか家族とか(後編)
未来を見据えて
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「食事が美味しいんですよ……。こう、体の中で淀んでいた魔力の流れが正常になって、末端まで行き渡った感じ。いまの俺、すごい健康」
魔導士工房の食堂にて、ルーク・シルヴァと向かい合ってビーフシチューを食べつつ、クロノスがしみじみと言った。
出されたから飲んでいる、という体でゴブレットに注がれたワインに口をつけ、ルーク・シルヴァがほのかに笑う。
「それは何より。お前が暗い顔していると、なんだかこっちまで滅入る。頭も記憶もスッキリしただろうか」
窓の外はとっぷりと暮れ、辺りは少しざわついていた。
食堂の真ん中に置かれた大きな長テーブルには、思い思いに座って話す魔導士たち。仕事の手の空いた者から食堂に来るということで、誰もが入室直後はルーク・シルヴァやクロノスに視線を投げかける。しかしすぐに食事と自分の話し相手に集中して、絡んでくることもない。緊張感とも無縁の空間で、よそ者である二人にとっても非常に過ごしやすかった。
この日の献立は、ビーフシチューとサラダにマッシュポテト、焼き立ての状態で保温されたパン。もちろん寸胴鍋もとろ火のコンロにかけられていて、焦げ付かないように調整されている。生活魔法に力を入れている魔道具の工房ならではだった。それを、各自好きなだけよそって食べる。飲み物もサーバーに揃っていて、ルーク・シルヴァにワインを注いだのはクロノス。
かいがいしく世話をされている形であったが、ルーク・シルヴァはおとなしく従っていた。ただ、食事よりワインの進みが良く、見かねたクロノスが「食べないとお腹すきますよ」と隣の席から声をかけた。
うん、とルーク・シルヴァ頷いてからゴブレットを傾ける。
空にしてテーブルに戻し、黒縁メガネの奥からクロノスを見た。
前触れ無く、告げる。
「いまのお前は、ステファノだな。うまく化けようとしているようだが、少し違う。そちらの人格が強く出ているのは、この土地柄のせいか」
マッシュポテトをフォークにすくって口に運んでいたクロノスは、そのまま食べて飲み込んでから、ゆっくりと笑みを広げた。
「強く出ているだけで、入れ替わっているわけでは。なんとなく、記憶がスッキリしたせいか、いまは前世の記憶もかなりハッキリしているんです。これまで思い出せなかったことも、見えています。だけどこの人格が定着するかというとそんなことはなくて、一時的なものじゃないかと……」
ルーク・シルヴァは、椅子に深く腰掛けたままの姿勢で、じっと並んで座ったクロノスを見る。その視線を受け止めて、クロノスは軽い調子で言った。
「ステファノは、いずれ消えるんじゃないかと感じています。もともとこれは転生するときに失われるはずだったもの。魔力に引きずられてこの体に残留したのだとしても、それは不具合のひとつでしかない。この先、用件が済んで必要がなくなったら、いなくなると俺は思っています」
「いなくなって欲しいように聞こえる」
ごく簡単な相槌。ためらうことなく、クロノスは肯定した。
「もちろんですよ。その方が俺は楽に生きられる。わけのわからない妄執に縛られることもなければ、生まれる前に損なわれた人間関係に翻弄されることもない。少し遅かった気はしますが、クロノスとしての人生をようやく歩んでいける。そうなることを、望んでいます。心から」
妄執。自分のことを覚えてすらいないクライスへの執着心。
生まれる前に損なわれた人間関係。一番顕著なのは、家族。
ステファノがもたらした屈折、落とした影、そういったものを自覚した上で。
クロノスは、未来へ向かおうとしていた。
その言葉に嘘偽りのないものを感じつつ、ルーク・シルヴァは確認のように尋ねた。
「もしこの先ステファノが消えることがあるとして、それはいったい何がきっかけになると考えている?」
「この世界にいまだに残る魔族の殲滅ですね」
間髪入れず答えてから、クロノスはルーク・シルヴァの表情をうかがうことなく噴き出して続けた。
「とは、ステファノも考えていなかった。俺も考えていません。ただし、レティシアの動向にはおおいに関心があります。レティがなんらかの方法でもう一度魔王として返り咲くというのなら、俺は聖剣の勇者とともにその野望を打ち砕いておかなければなりません。さてそこで、質問です。そのときあなたは、誰に手を貸そうと考えていますか?」
魔導士工房の食堂にて、ルーク・シルヴァと向かい合ってビーフシチューを食べつつ、クロノスがしみじみと言った。
出されたから飲んでいる、という体でゴブレットに注がれたワインに口をつけ、ルーク・シルヴァがほのかに笑う。
「それは何より。お前が暗い顔していると、なんだかこっちまで滅入る。頭も記憶もスッキリしただろうか」
窓の外はとっぷりと暮れ、辺りは少しざわついていた。
食堂の真ん中に置かれた大きな長テーブルには、思い思いに座って話す魔導士たち。仕事の手の空いた者から食堂に来るということで、誰もが入室直後はルーク・シルヴァやクロノスに視線を投げかける。しかしすぐに食事と自分の話し相手に集中して、絡んでくることもない。緊張感とも無縁の空間で、よそ者である二人にとっても非常に過ごしやすかった。
この日の献立は、ビーフシチューとサラダにマッシュポテト、焼き立ての状態で保温されたパン。もちろん寸胴鍋もとろ火のコンロにかけられていて、焦げ付かないように調整されている。生活魔法に力を入れている魔道具の工房ならではだった。それを、各自好きなだけよそって食べる。飲み物もサーバーに揃っていて、ルーク・シルヴァにワインを注いだのはクロノス。
かいがいしく世話をされている形であったが、ルーク・シルヴァはおとなしく従っていた。ただ、食事よりワインの進みが良く、見かねたクロノスが「食べないとお腹すきますよ」と隣の席から声をかけた。
うん、とルーク・シルヴァ頷いてからゴブレットを傾ける。
空にしてテーブルに戻し、黒縁メガネの奥からクロノスを見た。
前触れ無く、告げる。
「いまのお前は、ステファノだな。うまく化けようとしているようだが、少し違う。そちらの人格が強く出ているのは、この土地柄のせいか」
マッシュポテトをフォークにすくって口に運んでいたクロノスは、そのまま食べて飲み込んでから、ゆっくりと笑みを広げた。
「強く出ているだけで、入れ替わっているわけでは。なんとなく、記憶がスッキリしたせいか、いまは前世の記憶もかなりハッキリしているんです。これまで思い出せなかったことも、見えています。だけどこの人格が定着するかというとそんなことはなくて、一時的なものじゃないかと……」
ルーク・シルヴァは、椅子に深く腰掛けたままの姿勢で、じっと並んで座ったクロノスを見る。その視線を受け止めて、クロノスは軽い調子で言った。
「ステファノは、いずれ消えるんじゃないかと感じています。もともとこれは転生するときに失われるはずだったもの。魔力に引きずられてこの体に残留したのだとしても、それは不具合のひとつでしかない。この先、用件が済んで必要がなくなったら、いなくなると俺は思っています」
「いなくなって欲しいように聞こえる」
ごく簡単な相槌。ためらうことなく、クロノスは肯定した。
「もちろんですよ。その方が俺は楽に生きられる。わけのわからない妄執に縛られることもなければ、生まれる前に損なわれた人間関係に翻弄されることもない。少し遅かった気はしますが、クロノスとしての人生をようやく歩んでいける。そうなることを、望んでいます。心から」
妄執。自分のことを覚えてすらいないクライスへの執着心。
生まれる前に損なわれた人間関係。一番顕著なのは、家族。
ステファノがもたらした屈折、落とした影、そういったものを自覚した上で。
クロノスは、未来へ向かおうとしていた。
その言葉に嘘偽りのないものを感じつつ、ルーク・シルヴァは確認のように尋ねた。
「もしこの先ステファノが消えることがあるとして、それはいったい何がきっかけになると考えている?」
「この世界にいまだに残る魔族の殲滅ですね」
間髪入れず答えてから、クロノスはルーク・シルヴァの表情をうかがうことなく噴き出して続けた。
「とは、ステファノも考えていなかった。俺も考えていません。ただし、レティシアの動向にはおおいに関心があります。レティがなんらかの方法でもう一度魔王として返り咲くというのなら、俺は聖剣の勇者とともにその野望を打ち砕いておかなければなりません。さてそこで、質問です。そのときあなたは、誰に手を貸そうと考えていますか?」
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