こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
116 / 122
第十二章 友達とか家族とか(後編)

未来を見据えて

しおりを挟む
「食事が美味しいんですよ……。こう、体の中で淀んでいた魔力の流れが正常になって、末端まで行き渡った感じ。いまの俺、すごい健康」

 魔導士工房の食堂にて、ルーク・シルヴァと向かい合ってビーフシチューを食べつつ、クロノスがしみじみと言った。
 出されたから飲んでいる、という体でゴブレットに注がれたワインに口をつけ、ルーク・シルヴァがほのかに笑う。 

「それは何より。お前が暗い顔していると、なんだかこっちまで滅入る。頭も記憶もスッキリしただろうか」

 窓の外はとっぷりと暮れ、辺りは少しざわついていた。
 食堂の真ん中に置かれた大きな長テーブルには、思い思いに座って話す魔導士たち。仕事の手の空いた者から食堂に来るということで、誰もが入室直後はルーク・シルヴァやクロノスに視線を投げかける。しかしすぐに食事と自分の話し相手に集中して、絡んでくることもない。緊張感とも無縁の空間で、よそ者である二人にとっても非常に過ごしやすかった。

 この日の献立は、ビーフシチューとサラダにマッシュポテト、焼き立ての状態で保温されたパン。もちろん寸胴鍋もとろ火のコンロにかけられていて、焦げ付かないように調整されている。生活魔法に力を入れている魔道具の工房ならではだった。それを、各自好きなだけよそって食べる。飲み物もサーバーに揃っていて、ルーク・シルヴァにワインを注いだのはクロノス。
 かいがいしく世話をされている形であったが、ルーク・シルヴァはおとなしく従っていた。ただ、食事よりワインの進みが良く、見かねたクロノスが「食べないとお腹すきますよ」と隣の席から声をかけた。
 うん、とルーク・シルヴァ頷いてからゴブレットを傾ける。
 空にしてテーブルに戻し、黒縁メガネの奥からクロノスを見た。
 前触れ無く、告げる。

「いまのお前は、ステファノだな。うまく化けようとしているようだが、少し違う。そちらの人格が強く出ているのは、この土地柄のせいか」

 マッシュポテトをフォークにすくって口に運んでいたクロノスは、そのまま食べて飲み込んでから、ゆっくりと笑みを広げた。

「強く出ているだけで、入れ替わっているわけでは。なんとなく、記憶がスッキリしたせいか、いまは前世の記憶もかなりハッキリしているんです。これまで思い出せなかったことも、見えています。だけどこの人格が定着するかというとそんなことはなくて、一時的なものじゃないかと……」

 ルーク・シルヴァは、椅子に深く腰掛けたままの姿勢で、じっと並んで座ったクロノスを見る。その視線を受け止めて、クロノスは軽い調子で言った。

「ステファノは、いずれ消えるんじゃないかと感じています。もともとは転生するときに失われるはずだったもの。魔力に引きずられてこの体に残留したのだとしても、それは不具合のひとつでしかない。この先、用件が済んで必要がなくなったら、いなくなると俺は思っています」
「いなくなって欲しいように聞こえる」

 ごく簡単な相槌。ためらうことなく、クロノスは肯定した。

「もちろんですよ。その方が俺は楽に生きられる。わけのわからない妄執に縛られることもなければ、生まれる前に損なわれた人間関係に翻弄されることもない。少し遅かった気はしますが、クロノスとしての人生をようやく歩んでいける。そうなることを、望んでいます。心から」

 妄執。自分のことを覚えてすらいないクライスへの執着心。
 生まれる前に損なわれた人間関係。一番顕著なのは、家族。
 ステファノがもたらした屈折、落とした影、そういったものを自覚した上で。
 クロノスは、未来へ向かおうとしていた。
 その言葉に嘘偽りのないものを感じつつ、ルーク・シルヴァは確認のように尋ねた。

「もしこの先ステファノが消えることがあるとして、それはいったい何がきっかけになると考えている?」
「この世界にいまだに残る魔族の殲滅ですね」

 間髪入れず答えてから、クロノスはルーク・シルヴァの表情をうかがうことなく噴き出して続けた。

「とは、ステファノも考えていなかった。俺も考えていません。ただし、レティシアの動向にはおおいに関心があります。レティがなんらかの方法でもう一度魔王として返り咲くというのなら、俺は聖剣の勇者とともにその野望を打ち砕いておかなければなりません。さてそこで、質問です。そのときあなたは、誰に手を貸そうと考えていますか?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

中途半端な俺が異世界で全部覚えました

黒田さん信者
ファンタジー
「中途半端でも勝てるんだぜ、努力さえすればな」  才能無しの烙印を持つ主人公、ネリアがひょんな事で手に入れた異世界を巡れる魔導書で、各異世界で修行をする! 魔法、魔術、魔技、オーラ、気、などの力を得るために。他にも存在する異世界の力を手に入れ、才能なしの最強を目指す! 「あいにく俺は究極の一を持ち合わせてないもんでな、だから最強の百で対抗させてもらうぜ!」  世界と世界を超える超異世界ファンタジー!

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

裏切られた公爵令嬢は、冒険者として自由に生きる

小倉みち
ファンタジー
 公爵令嬢のヴァイオレットは、自身の断罪の場で、この世界が乙女ゲームの世界であることを思い出す。  自分の前世と、自分が悪役令嬢に転生してしまったという事実に気づいてしまったものの、もう遅い。  ヴァイオレットはヒロインである庶民のデイジーと婚約者である第一王子に嵌められ、断罪されてしまった直後だったのだ。  彼女は弁明をする間もなく、学園を退学になり、家族からも見放されてしまう。  信じていた人々の裏切りにより、ヴァイオレットは絶望の淵に立ったーーわけではなかった。 「貴族じゃなくなったのなら、冒険者になればいいじゃない」  持ち前の能力を武器に、ヴァイオレットは冒険者として世界中を旅することにした。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

処理中です...