114 / 122
第十二章 友達とか家族とか(後編)
元凶が言うには
しおりを挟む
黄色の花の描かれたカップに、茶を注いだのはアンナ。クライスは「自分が」と形ばかり申し出たが、一蹴された。
「こういうのはできるひとがやった方がいいのよ。なにしろ、お茶は淹れておしまいじゃなくて、飲むものなの。味も重要なの。わかる?」
「臣下の身でありながら、なんのお役にも立てず申し訳ありません」
クライスは椅子に座ったまま、テーブルに頭を打ち付ける勢いで平伏した。
もちろん、クライスとて王宮勤務の騎士、基本的な作法くらいはわきまえている。しかし、お茶を淹れるよりは剣を振る方が専門で、これまで進んで「美味しく淹れる方法」を学んできてはいない。一国の王妃が口に入れるお茶を提供できるかといえば、早々に諦めるが賢明との判断だった。
アンナはさして気にした様子もなく二人分の茶を淹れ、頭上に広がる木の葉をちらりと見上げてから、クライスに視線を戻した。
「ルミナスはね、あなたも薄々察していると思うけど、問題児だったわ」
「……そうだろうなと思っていました」
(予期していたから驚きはしない。噂を聞く限り、ルミナスに「善人」感は無いんだよね。剣の腕が強いのは強かったんだろうけど、それだけにわがままだったのかな……。周りが優しかったのか)
脳裏をよぎるのはクロノスの前世。ルミナスには偽りの婚約者の他に、好きなひとまでいたとして、どうしてそんな相手に「ステファノ」は命をかけるほど入れ込めたのかと。報われなさすぎて、他人事ながら歯がゆい。
そしていまこの場で、その話こそ避けて通れないという決意とともに、クライスから尋ねた。
「ルミナスは、ステファノのことをどうしようと考えていたと思いますか。ぶしつけですみません。でも、王妃様はご存知ですよね? 二人の関係のこと」
チチチ……と枝の上で小鳥がさえずる。
ガラス窓のいくつかが、開いているようだった。鳥が出入りし、ゆるやかに風が吹いて時折葉擦れの音が耳に届く。
アンナはふんわりと意味深に微笑み、茶を一口。そして、実に親しみを覚えるような気安さで言った。
「まず間違いなく、ステファノが思うより強く、ルミナスの方がステファノのことを好きだったと思う」
「え……!? ルミ……ええっ!? ルミナスの方が?」
耳を疑う。声を上ずらせながらクライスは確認し、アンナもまた「そうよ。間違いなく」と頷いた。
「だけど、ルミナスは剣聖シドと婚約していて、そっちを裏切れないからって意固地になってて。あれのせいで、ルミナスはこじれちゃったのよね。シドはルミナスを女性として相手にしていなかったと思うし、そんな婚約気にする必要なかったのに」
「シド様とですか……!?」
「そうそう、あなたも修行で会ってるわよね? 途中で切り上げることになったみたいだけど。何も言ってなかったでしょう、シドは。もともと何かの口約束だったみたい。ルミナスが弟子入りするときに、一度でも勝ったらそのときはシドに勝った剣士の触れ込みで出て行くけど、負けっぱなしなら結婚でもしてずっと世話するって大口叩いたみたいで。一方的に婚約して、結局、シドに全然勝てないまま婚約を解消できなくて」
「バカ……」
ルミナスの。と言い損ねたせいで、クライスはまっすぐ王妃に顔を向けたままその言葉を発してしまった。それを、ついには自分で気づかないまま、「何やってんだよマジで……」と重ねて呟く。アンナはクライスの不敬を指摘することなく、悠然として話を続けた。
「それが、ステファノたちと出会う前のこと。仲間たちは詳しい経緯を知らないままルミナスには婚約者がいるらしい、と認識していたの。一方で、ルミナスの身分とか立場はあまりに不安定だったから、勇者に仕立てるときに経歴詐称……というか貴族に養子にいれて、表向き私との婚約を発表することになって。そのときに私が少々ステファノをいじめてしまったせいで、ステファノは私のことが大っ嫌いで」
アンナは、やけに可愛らしく「大っ嫌いで」と発音した。クライスは恐ろしいものを見る目で「何をしたんですか」と一応確認を試みる。こてん、とあざとすぎる少女のような仕草で小首を傾げ、アンナはさらりと言った。
「ステファノがルミナスのこと好きなことも、ルミナスがステファノを好きなことも気づいていたけど、私はルミナスが好きだったからなんとなーく二人の邪魔したのよ。ルミナスが気づかないところで。若かったの、私も」
「若くてもやっていいことと、悪いことありますよね?」
「分別がなくて」
(お姫様怖い……)
悪びれなさ過ぎる態度を前に、クライスは涙を飲んだ。
話を聞く限り、ルミナスはその凄まじい剣の腕を開花させる前、シドに弟子入りをしていた。なぜか結婚を条件に。その後勇者になったものの、ルミナスに横恋慕したアンナに体よく婚約に持ち込まれ、ステファノとの恋路を邪魔されることになり、こじれたのかこじらせたのか、周囲からは不可解な言動の人物になってしまったということらしい。
目を細め、厳しい表情でアンナを見据えて、クライスは硬い声音で尋ねた。
「王妃様が、元凶ですか」
「ん~、そうとも言うわね。あの頃娯楽が少なすぎて、ステファノのことはずいぶんいじめたものだから。それも身分とか、つまらないことでね。彼に、嫌われた自覚はあるわ」
大きく息を吸って、止めて、クライスは瞑目した。
(クロノス王子、なんてところに転生してるの……。その親子関係はキツすぎるって……)
「こういうのはできるひとがやった方がいいのよ。なにしろ、お茶は淹れておしまいじゃなくて、飲むものなの。味も重要なの。わかる?」
「臣下の身でありながら、なんのお役にも立てず申し訳ありません」
クライスは椅子に座ったまま、テーブルに頭を打ち付ける勢いで平伏した。
もちろん、クライスとて王宮勤務の騎士、基本的な作法くらいはわきまえている。しかし、お茶を淹れるよりは剣を振る方が専門で、これまで進んで「美味しく淹れる方法」を学んできてはいない。一国の王妃が口に入れるお茶を提供できるかといえば、早々に諦めるが賢明との判断だった。
アンナはさして気にした様子もなく二人分の茶を淹れ、頭上に広がる木の葉をちらりと見上げてから、クライスに視線を戻した。
「ルミナスはね、あなたも薄々察していると思うけど、問題児だったわ」
「……そうだろうなと思っていました」
(予期していたから驚きはしない。噂を聞く限り、ルミナスに「善人」感は無いんだよね。剣の腕が強いのは強かったんだろうけど、それだけにわがままだったのかな……。周りが優しかったのか)
脳裏をよぎるのはクロノスの前世。ルミナスには偽りの婚約者の他に、好きなひとまでいたとして、どうしてそんな相手に「ステファノ」は命をかけるほど入れ込めたのかと。報われなさすぎて、他人事ながら歯がゆい。
そしていまこの場で、その話こそ避けて通れないという決意とともに、クライスから尋ねた。
「ルミナスは、ステファノのことをどうしようと考えていたと思いますか。ぶしつけですみません。でも、王妃様はご存知ですよね? 二人の関係のこと」
チチチ……と枝の上で小鳥がさえずる。
ガラス窓のいくつかが、開いているようだった。鳥が出入りし、ゆるやかに風が吹いて時折葉擦れの音が耳に届く。
アンナはふんわりと意味深に微笑み、茶を一口。そして、実に親しみを覚えるような気安さで言った。
「まず間違いなく、ステファノが思うより強く、ルミナスの方がステファノのことを好きだったと思う」
「え……!? ルミ……ええっ!? ルミナスの方が?」
耳を疑う。声を上ずらせながらクライスは確認し、アンナもまた「そうよ。間違いなく」と頷いた。
「だけど、ルミナスは剣聖シドと婚約していて、そっちを裏切れないからって意固地になってて。あれのせいで、ルミナスはこじれちゃったのよね。シドはルミナスを女性として相手にしていなかったと思うし、そんな婚約気にする必要なかったのに」
「シド様とですか……!?」
「そうそう、あなたも修行で会ってるわよね? 途中で切り上げることになったみたいだけど。何も言ってなかったでしょう、シドは。もともと何かの口約束だったみたい。ルミナスが弟子入りするときに、一度でも勝ったらそのときはシドに勝った剣士の触れ込みで出て行くけど、負けっぱなしなら結婚でもしてずっと世話するって大口叩いたみたいで。一方的に婚約して、結局、シドに全然勝てないまま婚約を解消できなくて」
「バカ……」
ルミナスの。と言い損ねたせいで、クライスはまっすぐ王妃に顔を向けたままその言葉を発してしまった。それを、ついには自分で気づかないまま、「何やってんだよマジで……」と重ねて呟く。アンナはクライスの不敬を指摘することなく、悠然として話を続けた。
「それが、ステファノたちと出会う前のこと。仲間たちは詳しい経緯を知らないままルミナスには婚約者がいるらしい、と認識していたの。一方で、ルミナスの身分とか立場はあまりに不安定だったから、勇者に仕立てるときに経歴詐称……というか貴族に養子にいれて、表向き私との婚約を発表することになって。そのときに私が少々ステファノをいじめてしまったせいで、ステファノは私のことが大っ嫌いで」
アンナは、やけに可愛らしく「大っ嫌いで」と発音した。クライスは恐ろしいものを見る目で「何をしたんですか」と一応確認を試みる。こてん、とあざとすぎる少女のような仕草で小首を傾げ、アンナはさらりと言った。
「ステファノがルミナスのこと好きなことも、ルミナスがステファノを好きなことも気づいていたけど、私はルミナスが好きだったからなんとなーく二人の邪魔したのよ。ルミナスが気づかないところで。若かったの、私も」
「若くてもやっていいことと、悪いことありますよね?」
「分別がなくて」
(お姫様怖い……)
悪びれなさ過ぎる態度を前に、クライスは涙を飲んだ。
話を聞く限り、ルミナスはその凄まじい剣の腕を開花させる前、シドに弟子入りをしていた。なぜか結婚を条件に。その後勇者になったものの、ルミナスに横恋慕したアンナに体よく婚約に持ち込まれ、ステファノとの恋路を邪魔されることになり、こじれたのかこじらせたのか、周囲からは不可解な言動の人物になってしまったということらしい。
目を細め、厳しい表情でアンナを見据えて、クライスは硬い声音で尋ねた。
「王妃様が、元凶ですか」
「ん~、そうとも言うわね。あの頃娯楽が少なすぎて、ステファノのことはずいぶんいじめたものだから。それも身分とか、つまらないことでね。彼に、嫌われた自覚はあるわ」
大きく息を吸って、止めて、クライスは瞑目した。
(クロノス王子、なんてところに転生してるの……。その親子関係はキツすぎるって……)
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

私、のんびり暮らしたいんです!
クロウ
ファンタジー
神様の手違いで死んだ少女は、異世界のとある村で転生した。
神様から貰ったスキルで今世はのんびりと過ごすんだ!
しかし番を探しに訪れた第2王子に、番認定をされて……。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜
甲殻類パエリア
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。
秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。
——パンである。
異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。
というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。
そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる