こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

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第十二章 友達とか家族とか(後編)

元凶が言うには

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 黄色の花の描かれたカップに、茶を注いだのはアンナ。クライスは「自分が」と形ばかり申し出たが、一蹴された。

「こういうのはできるひとがやった方がいいのよ。なにしろ、お茶は淹れておしまいじゃなくて、飲むものなの。味も重要なの。わかる?」
「臣下の身でありながら、なんのお役にも立てず申し訳ありません」

 クライスは椅子に座ったまま、テーブルに頭を打ち付ける勢いで平伏した。
 もちろん、クライスとて王宮勤務の騎士、基本的な作法くらいはわきまえている。しかし、お茶を淹れるよりは剣を振る方が専門で、これまで進んで「美味しく淹れる方法」を学んできてはいない。一国の王妃が口に入れるお茶を提供できるかといえば、早々に諦めるが賢明との判断だった。
 アンナはさして気にした様子もなく二人分の茶を淹れ、頭上に広がる木の葉をちらりと見上げてから、クライスに視線を戻した。

「ルミナスはね、あなたも薄々察していると思うけど、問題児だったわ」
「……そうだろうなと思っていました」

(予期していたから驚きはしない。噂を聞く限り、ルミナスに「善人」感は無いんだよね。剣の腕が強いのは強かったんだろうけど、それだけにわがままだったのかな……。周りが優しかったのか)

 脳裏をよぎるのはクロノスの前世。ルミナスには偽りの婚約者の他に、好きなひとまでいたとして、どうしてそんな相手に「ステファノ」は命をかけるほど入れ込めたのかと。報われなさすぎて、他人事ながら歯がゆい。
 そしていまこの場で、その話こそ避けて通れないという決意とともに、クライスから尋ねた。

「ルミナスは、ステファノのことをどうしようと考えていたと思いますか。ぶしつけですみません。でも、王妃様はご存知ですよね? 二人の関係のこと」

 チチチ……と枝の上で小鳥がさえずる。
 ガラス窓のいくつかが、開いているようだった。鳥が出入りし、ゆるやかに風が吹いて時折葉擦れの音が耳に届く。
 アンナはふんわりと意味深に微笑み、茶を一口。そして、実に親しみを覚えるような気安さで言った。

「まず間違いなく、ステファノが思うより強く、ルミナスの方がステファノのことを好きだったと思う」
「え……!? ルミ……ええっ!? ルミナスの方が?」

 耳を疑う。声を上ずらせながらクライスは確認し、アンナもまた「そうよ。間違いなく」と頷いた。

「だけど、ルミナスは剣聖シドと婚約していて、そっちを裏切れないからって意固地になってて。あれのせいで、ルミナスはこじれちゃったのよね。シドはルミナスを女性として相手にしていなかったと思うし、そんな婚約気にする必要なかったのに」

「シド様とですか……!?」

「そうそう、あなたも修行で会ってるわよね? 途中で切り上げることになったみたいだけど。何も言ってなかったでしょう、シドは。もともと何かの口約束だったみたい。ルミナスが弟子入りするときに、一度でも勝ったらそのときはシドに勝った剣士の触れ込みで出て行くけど、負けっぱなしなら結婚でもしてずっと世話するって大口叩いたみたいで。一方的に婚約して、結局、シドに全然勝てないまま婚約を解消できなくて」

「バカ……」

 ルミナスの。と言い損ねたせいで、クライスはまっすぐ王妃に顔を向けたままその言葉を発してしまった。それを、ついには自分で気づかないまま、「何やってんだよマジで……」と重ねて呟く。アンナはクライスの不敬を指摘することなく、悠然として話を続けた。

「それが、ステファノたちと出会う前のこと。仲間たちは詳しい経緯を知らないままルミナスには婚約者がいるらしい、と認識していたの。一方で、ルミナスの身分とか立場はあまりに不安定だったから、勇者に仕立てるときに経歴詐称……というか貴族に養子にいれて、表向き私との婚約を発表することになって。そのときに私が少々ステファノをいじめてしまったせいで、ステファノは私のことが大っ嫌いで」

 アンナは、やけに可愛らしく「大っ嫌いで」と発音した。クライスは恐ろしいものを見る目で「何をしたんですか」と一応確認を試みる。こてん、とあざとすぎる少女のような仕草で小首を傾げ、アンナはさらりと言った。

「ステファノがルミナスのこと好きなことも、ルミナスがステファノを好きなことも気づいていたけど、私はルミナスが好きだったからなんとなーく二人の邪魔したのよ。ルミナスが気づかないところで。若かったの、私も」

「若くてもやっていいことと、悪いことありますよね?」

「分別がなくて」

(お姫様怖い……)

 悪びれなさ過ぎる態度を前に、クライスは涙を飲んだ。
 話を聞く限り、ルミナスはその凄まじい剣の腕を開花させる前、シドに弟子入りをしていた。なぜか結婚を条件に。その後勇者になったものの、ルミナスに横恋慕したアンナに体よく婚約に持ち込まれ、ステファノとの恋路を邪魔されることになり、こじれたのかこじらせたのか、周囲からは不可解な言動の人物になってしまったということらしい。
 目を細め、厳しい表情でアンナを見据えて、クライスは硬い声音で尋ねた。

「王妃様が、元凶ですか」
「ん~、そうとも言うわね。あの頃娯楽が少なすぎて、ステファノのことはずいぶんいじめたものだから。それも身分とか、つまらないことでね。彼に、嫌われた自覚はあるわ」

 大きく息を吸って、止めて、クライスは瞑目した。

クロノス王子ステファノ、なんてところに転生してるの……。その親子関係はキツすぎるって……)

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