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第十一章 友達とか家族とか(前編) 

聖剣の気持ち

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 イカロスが行方不明。
 クロノスもルーク・シルヴァもいない。

「緊急配備を」

 頭痛を覚えながら出て行こうとしたクライスに、アレクスは「必要ない」と一言。
 すれ違うところで一歩踏み出し、クライスの行先を、それとなく阻む。

「イカロスにはもともと脱走癖のようなものがある。それにこのタイミングだ。クロノスもルーク・シルヴァも遊んでいるわけじゃないだろう。大体にして全員魔導士だ。おいそれと死なない」

 無言のまま、クライスはアレクスを見上げる。

「三人が一緒にいる可能性は」
「無くはないな」

(クロノス王子は、ルーク・シルヴァの正体にもう気付いているはず。レティシアの後に王位についた魔王……。ルーク・シルヴァがもし魔王に復帰したら人類の敵? 僕は戦うの? ルーク・シルヴァと?)

 頭痛がしていた。
 近くで見ていて何か思うところでもあったのか、アレクスが軽く額に掌をあててくる。
 突然触られたことに驚いて、クライスは身を引きながら、目を大きく見開いた。
 すっと。
 嘘のように頭部に立ち込めていた痛みが消えていた。錯覚かもしれないが。

 咎めるような、問うようなクライスの視線に構うことなく、アレクスは「まだ宴が続くようなら出て行くが」とドアに向かおうとする。
 すかさず立ち上がったジュリアが「いいえ。明日の仕事に差し支えますのでここで」と言い切った。

「今日の働きぶり、改めて聞いた。期待以上だ。明日からはルミナスとよく鍛練し、高め合ってくれ」
「アレクス様」

 思わずのように名を呼んだクライスに対し、アレクスは凪いだ表情で言った。

「ルミナスを名乗るように。剣聖シドの修行を終えていないのは心許ないが、今は王都も騒がしい。修行には戻せない。場合によっては、我々はふたたび『聖剣の勇者ルミナス』を必要とする。そのつもりで」

 アレクスの胸ぐらを掴むわけにはいかず、クライスは自分の胸に手を当て、力一杯言った。

「前世なんか、なんの証拠もないのに!! 誰が聞いたっておかしいですよ!! 僕はただの紛いものじゃないですか!!」

 表情らしい表情もなく見下ろしていたアレクスは、淡々と言った。

「聖剣に聞けば済む話だ。誰が勇者なのかは聖剣が選ぶ」
「聖剣喋るんですか!?」

 勢いのままに喚いたクライスを前に、アレクスは考えにふけるまなざしで、自分の顎を軽くつまんだ。

「喋ったら色々やりづらそうだな。魔物の身体を刺し貫いて血塗れにしたら剣まで悲鳴を上げるかも。申し訳なくなりそうだ。ノリノリで血を欲する聖剣もどうかとは思うが」
「あああ想像しちゃう……そんな剣使いたくない!」

 両手で髪をかきむしるようにして、クライスはふるふると首を振る。
 その動揺を見てとったジュリアが、殺伐さっぱりとした口調で言った。

「剣なんてただの道具ですよ。きちんと手入れしておけば刺すのも斬るのも問題ないでしょう。叫び声上げられたからと言って気にする必要ありません」
「気にするよね!? むしろジュリアなんでその状況気にならないの!?」
「手に吸い付いて離れなくなる魔剣なら気にしますけど。聖剣は大丈夫じゃないですか。反撃してくるならその時考えます」
「なんで聖剣と戦うつもりになってんの!? 完全に今聖剣『で』じゃなくて聖剣『と』戦うつもりだったよね!?」

 なんでこの人こんなに血の気多いの!? と愕然として言うも、ジュリアは何を問い詰められたかよくわからないという顔をしている。

「やっぱり、聖剣の勇者適性があるとしたらジュリアなんじゃ……」

 クライスは半眼になってアレクスを睨みつけたが、やりとりに耳を傾けていたアレクスはそのクライスを見返して告げた。

「私が聖剣だったらジュリアには使われたくないな」
「聖剣だったら!? 聖剣、心あるんですか!? というかアレクス様、聖剣の気持ちに寄り添いすぎでは!? むしろこの流れ、アレクス様が聖剣の勇者で良いのでは!?」

 聖剣の押し付け合いをする人間たちをぼんやり見ていた魔族二人であったが。
 それぞれにアレクスの剣の腕には思うところがあっただけに、同時に「あっ」と声を上げた。

「アレクスは多分クライスより強いよな」

 ロイドが呟き、アゼルも肯く。

「聖剣の気持ちにも寄り添えるみたいだし、決まりじゃない?」

 言い終えて数秒後。

「ところで聖剣の気持ちって、何……?」

 アゼルは、誰にともなく呟く。答える者はいなかった。

 * * *

 アゼルをアレクスの部屋に残し、ロイドをクロノスの部屋に送り届けてから、クライスとジュリアは魔石灯に照らされた廊下を並んで歩いた。

 女性なので、男子寮状態の官舎ではなく王宮内に部屋が用意してあると言われ、クライスがジュリアに案内しつつ向かう途中である。

「アゼルとロイドさん、完全に王子の愛人枠」
「周りはそう考えるでしょうね。というか、実際何もないんですか?」
「えっ……」

 ジュリアに真顔で聞かれて、クライスの足が止まる。
 ニ、三歩進んでからジュリアは振り返った。

「魔族と人間の融和政策といいますか。王族と魔族の婚姻はあり得ますよね。第一王子よりは王位継承の予定がない第二王子の方が角が立たないと思いますけど、相手がアゼルさんなら救国の英雄ですし第一王子でも大丈夫かもしれません。いずれにせよ、王族の中に先を見越してそう考える人間がいても、不思議ではありません」

 可能性の一つというよりは、ほとんど確信めいた物言いに、クライスは思考を巡らす。

(反発はものすごくありそうだけど。考えとしては間違いじゃない)

 人型の魔族を人間の世界に受け入れるつもりがあるなら、そのくらいのことはするかもしれない。
 クロノスのことが好きらしく、人間に対しても友好的なロイドにはその案を受け入れる余地があるように思える。アゼルの気持ちはハッキリとはわからないが、アレクスに外濠を埋められつつあるように見える。

「人と魔族で、新しい時代を生きようとしているのか。その一方で、聖剣を動かす事態、つまり魔族の残存勢力との決戦も想定している……」

 考え深げに呟いたクライスの目の前まで戻ってきたジュリアは、笑顔で言った。

「寝ましょう。いずれにせよ体力勝負です。明日は思いっきり鍛練しましょう」

 輝くばかりの笑顔を眩しく見上げて、クライスは強く肯いた。

「その通りだ。明日はよろしく!」
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