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第九章 襲撃と出立

脛に傷がある

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 死んで生まれ直してもなお記憶が途切れないというのは厄介この上ない。
 ろくに目も見えない、頻繁に寝てしまう赤子の時代を終えて、口がまわり喋れるようになった頃には、母親が昔大嫌いだった女であることに気付いてしまった。

(地味にあれはショックだった。以前のオレステファノは家族を嫌ったことなんかなかった)

 それは美化しすぎというもので、実際、すぐ上の姉とはよく喧嘩をした。男と女で根本的に違うのに、顔はよく似ていると言われていた。どうかすると他の男兄弟よりも見た目が似ていたし、魔法の才能に関しても、突出してしまった自分の次に姉は恵まれていたはず。

 普段思い出しもしないことを思い出したのは、なんのことはない。
 アンジェラに「友だちがいない」などと面と向かって言われたせいに違いない。

 別にその程度で落ち込まないし、根に持たないし、ただどうしてこういうことになっているのかな、くらいは考える。
 そこで、そもそも前世の記憶があるせいで前世以上にひねくれたんだよなんて結論が出た。
 友だちどころか家族とだって何一つうまくいっていない。

 ちなみに、それを気づかせてくれた相手であるアンジェラを、クロノスは現在抱きかかえていた。
 当然のごとく、窓から王宮を脱するとルーク・シルヴァが決めたからだ。

「アンジェラとの組み合わせ、さすがに俺は看過できないんだけど」

 飛んで逃げると言われて、ルーク・シルヴァに釘を刺したのは自分だ。
 この場にクライスがいないとはいえ、どことなくルーク・シルヴァに好意を持っている女が寄り添っているのには、一言物申したい。
 それはダメだろ、と。

 特に反論もなかったらしいルーク・シルヴァは「じゃあ俺はこっち」と寝たふりを続けているイカロスを無造作に持ち上げた。内心、もう少し優しくと思ったが、「嫌なら抵抗すればいい」と思い直して、兄として弟をあっさり見捨てる。
 そして、「何がなんでもついて行きます」と言い出したアンジェラを、渋々と抱き寄せて飛ぶことになったのだ。
 クロノスの残存魔力が少ないというのはルーク・シルヴァも知るところなので、飛距離は短い。
 王宮の裏庭に下りてから、街とは反対方向に改めて飛ぶ。

(……家族と不仲で友達はいない。惹かれるのは前世絡みの相手ばかり)

 自分なりのけじめとして、前世の家族に会いに行ったことはない。
 今よりもだいぶ前に、まだクロノスが子どもだった頃、近所までは何回か行っている。だが、知った声が聞こえたり姿が見えそうになっただけで物陰に隠れてかわした。それっきり。
 仕方がない。もうステファノじゃないから、誰と会ってもわかってもらえるはずがない。
 見知ったはずの人々に、「誰?」と言われるところから始めるのは、ルミナス一人でたくさんなのだ。
 アゼルは疑わずに受け入れてくれたが、それはアゼルが特殊なだけだと思う。

(あれ……? ルーク・シルヴァが魔王でロイドさんが魔族で同族ってことは当然アゼルも魔族なんだけど。あいつなんで勇者一行にいたんだ? 同族を裏切っていたのか?)

 それなら、魔王討伐後帰る場所なんかなかっただろう。調べても行方が知れなかった二十年以上、どこで何をしていたのか。
 友達はいたんだろうか。
 ステファノは、魔族であることをアゼルから打ち明けられてはいない。他のメンツも知らなかったはず。一番関係性の深かった自分やルミナスが死んだ後まで、誰かと一緒にいたとは考えにくい。

 救国の英雄だというのに、どいつもこいつも幸せになっていないだなんて、そんなことあって良いのだろうか。
 死んでしまったルミナスや自分はともかくとして。

(仲間の誰かに、会いに行ってみるか?)

 何度も考えて、打ち消してきた。
 相打ちで命を落としたルミナスはともかく、ほとんど無駄死にをさらした自分は仲間に合わせる顔もないのだと。
 年少者のアゼルの行く末は気にしていたが、他の者に関しては意識的に避けてきた。それこそ、クロノスの年齢で十歳くらいまでは噂話を追いかけていたが、ある時キッパリと打ち切った。
 二度と関わり合いになるつもりがないなら、一方的に知っていても使いようがない情報だからだ。


 王宮の管轄を外れる森の端まで飛んで、降下する。アンジェラとはすぐに離れた。

「立てるか?」

 ルーク・シルヴァが、イカロスを草地に投げ出していた。

「歩きたくない」

 いかにも億劫そうな声が返る。

「では、ここからは私が」

 ごく当然といった様子でアンジェラが申し出たので、クロノスは堪りかねて口出しすることにした。

「貧弱で華奢だけど、子どもじゃない。さすがに女性が背負って歩ける重さだとは思わない」
「他に方法がないですよね」
「俺が」
「仲悪いのに?」

 瞬間的に、クロノスは唇をきつく引き結んだ。
 彼女は曲がりなりにも第三王子付き。自分よりイカロスの肩を持つのは理解ができるが、遠慮がないにもほどがある。

(ステファノには三つ下の弟がいて、それはもう可愛がっていたんだけど)

 若くして死んだステファノの年齢はとうに追い越して、今頃どこかでオジさんになっているだろうが。小さい頃は可愛くて。
 イカロスじゃない弟の思い出。

 そもそもイカロスとだって、仲が悪くなろうとしてなったわけではない。生まれると聞いたときは、かつての弟に重ねて結構楽しみにしていたのだ。
 本当のところを言えば、ものすごく心待ちにしていた。
 しかし弟はやたらに虚弱体質であったために近づくことは許されず、長じてからも筋金入りの引きこもりで、滅多に顔を合わせる機会がなかった。
 おまけに、その中身は前世の記憶持ちだという。

 

 本来この身体に宿るべき精神を排して乗っ取った、紛いもの同士。
 今さら、仲良く、なんか。

「俺が運ぶぞ、仕方ない」

 軽く言って、ルーク・シルヴァが拾い上げ、肩に担いだ。動作は限りなく、雑であった。
 グエっとイカロスが変な声を上げる。

「おい、それは大雑把過ぎるだろ。生きてるんだぞ」
「生きている者は、そんなに簡単に死なないから大丈夫だ」
「ないない。簡単に死ぬ。死ぬから!」

 実感込めて言える。
 言い争いの最中、ルーク・シルヴァがふと首を巡らせた。

「……なんだ?」
「いや。なんでもない」

 王宮の方角を気にした様子があったが、踵を返して歩き出す。
 その背をアンジェラと追った。

 元から全然生気のなかったイカロスであるが、物として扱われていよいよ死体じみている。ルーク・シルヴァは、がっくんがっくん揺らしても一向に気にする様子がない。

(もっとどうにかなんないのかよ!?)

 そいつ身体弱いんだぞ、と心の中で喚き続け。
 喚き疲れて、ついに耐えきれずに申し出た。

「オレが運ぶ!! 寄越せ!!」

 肩越しに振り返り、ルーク・シルヴァはことさら無感動な口調で言った。

「さすがお兄ちゃんだけあるな」

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