89 / 122
第九章 襲撃と出立
歪んだ性質
しおりを挟む
イカロスは、「誰とも話したくない。クライスを連れてきてくれ」と主張し、自室にたてこもっているという。
女官姿となったアンジェラが、食堂に行っていかにも気分屋に振り回されている体で「お腹が空いてしまって、私が運べば食べるそうで」と適当なことを言って軽食を確保してきた。
その上で、「出入りの際に突入されたくないみたいだから、見えない位置まで下がってほしい」と護衛と監視を兼ねた兵を廊下から追い出すことに成功した。
すべて、「イカロス様の魔法はなんだかすごいらしい」という不確定情報を利用した形である。
部屋を離れていたアンジェラに意思を伝える方法があるらしいとか、護衛兵を魔法で叩き潰す恐れがあるとか。
正体不明の魔導士の襲撃を受けた後だったせいもあり、魔法が過剰に恐れられていた。
それが役目を投げ出す理由になるかといえば、なるはずもない。
しかし、食事をとってなかったのは事実だったのと、イカロス付きのアンジェラは王子に危害を加える恐れが無いというのが一応の根拠となって、説得はあっさり成功してしまっていた。
* * *
ずいぶん回りくどい方法をとるんだなと、クロノスは発案者のルーク・シルヴァに尋ねた。
「あまりすぐに追跡されたくない。さすがに今イカロスが城外脱出となれば、追われるだろう。お前じゃあるまいし」
「オレは居ても居なくてもだからな」
クロノスは薄く笑みを浮かべた。
物言いたげにちらりとその顔を見たものの、ルーク・シルヴァはさっと身を翻して隠れていた柱の影から廊下を歩き出す。クロノスもその後に続いた。
イカロスの部屋の前では、アンジェラが待機している。
ルーク・シルヴァはドアに向かい、軽く握りしめた拳でノックした。
「俺だ。魔王だ」
ぶふっとクロノスが噴き出す。
傍らで、アンジェラは目を瞬いていた。
少し待ってから、ルーク・シルヴァが振り返った。
「返事がない」
「『壊していいか?』みたいな顔やめろよ」
「言ってない。アンジェラ、開けられるか」
「そうですね、中で何かあったときに入る必要があるので、鍵がかかっていても方法は……。もう、魔法で塞がれているということはないんですよね?」
人質をとって立てこもったときも、自室に引っ込んだ後も、何か常人には手出しできない力が働いていたのだという。
「大丈夫に見えるんだけど。もし仕掛けがあっても、オレなら突破できないこともない」
クロノスが一歩踏み出し、ドアに触れようとすると、横から伸びてきた手に阻まれた。
「だめだ。お前これ以上魔力使ったら昏倒するぞ」
「誰のせいだよ」
「責任を感じた俺にもう一回濃厚なのをされたいのか」
力ない笑みをもらしてクロノスは手をひく。
(濃厚な『何』だよ……)
魔王、嫌がらせを心得ていると思わずにはいられない。
クロノスは、報われない恋愛が習い性となっていて、追われる関係が苦手だ。積極的に攻められると引き気味になる。
それを見抜かれた。ここぞとばかりに弄ばれている気がする。
嫌がらせのためならキスくらいなんでもないというのは先程の一件で了解した。
やると言ったらやるのだ、この男は。
全然嬉しくない。
(オレ頭おかしいのかな。形式だけでも『両想い』みたいな対応されると、無理無理の無理みたい)
相手に嫌がられたり、面倒くさそうにされていないと、いまいち萌えない。
薄々自覚してはいたが、恋愛や人間関係に対する思いは歪んでいること甚だしい。
「開いてる。気を抜いているのか、イカロス」
分厚い木製のドアに掌を置いていたルーク・シルヴァはそう言って、取っ手に手をかけてドアを開いた。
* * *
イカロスは、ソファに横たわって目を閉じていた。
白髪に、血の気のない白い肌。どうかすると、普通に死体。
「いつもああなのか?」
クロノスがアンジェラに雑に尋ねると「お行儀よくと言っても聞かない方です」とのんびり答えられた。
なお、ルーク・シルヴァは起きるのを待つ気はないらしく、部屋を横切り、すぐそばまで行くと、腕を組んで見下ろした。
「今すぐとどめを刺されたくなければ起きろ」
渋々という様子で、イカロスがうっすら目を開けた。赤い瞳。
「クライスは」
「いない。俺がいる」
すうっと目が閉じられる。
振り返ったルーク・シルヴァはアンジェラを見て、無表情に言った。
「食べ物を。腹に詰め込んでやらないと、目を開けるのも辛いらしい」
「何その独自解釈。いま目開けたよ。明らかに面倒くさいから寝たふりしているだけだろ」
「冷たい兄貴だな」
ルーク・シルヴァから、非常に正しいことを言われた感覚があり、不安になってクロノスはアンジェラを見た。妙に力強く頷かれた。
「お前は良い兄貴だったのかよ」
言うに事欠いて、変なつっかかり方をしてしまった。
気がつくと、アンジェラから気の毒そうな目を向けられていた。
「リュートさんは不器用なところはありますけど、悪い人じゃないですよ」
しかも諭された。
クロノスは勘弁してくれという気持ちをそのまま口にする。
「恋人のいる男の肩を持ちすぎでは」
「職場の同僚として適切な範囲で擁護しているつもりです。殿下は邪推が過ぎます。ご友人がいない、いえ少ないからそう」
「『いない』でいいよ。『いない』から」
そのくらい全然不敬だなんて思わないし、と鷹揚に構えたつもりであったが、発言には僻みが滲んでしまった。
「まあいい。後は起こしてなんとかする。アンジェラ、助かった」
ルーク・シルヴァが、それとなくアンジェラに退出を促す。
それはそうだ。
先程の「魔王」発言はさすがに冗談だと思っているだろうが、これ以降の会話は聞かせるわけにはいかない。
後は素知らぬふりをして外の衛兵を誤魔化してくれればそれで。
そう考えている二人を見透かすかのように、アンジェラはまったく裏のなさそうな顔で微笑んだ。
「出て行きません。私、イカロス様付きですから」
「この先は別に仕事じゃない。首突っ込んだら引き返せなくなるよ」
クロノスはごく当然のことを言ったつもりであるが、アンジェラも一切ひく様子を見せず、口調と表情は非常に穏やかに言った。
「まさか巻き込むだけ巻き込んでおしまいということはないですよね? 何をなさるつもりか知りませんが、ここで追い払われるつもりはないですよ。万が一そんな捨てられ方したら、悲しくて洗いざらい報告しにいってしまいます」
脅された。
女官姿となったアンジェラが、食堂に行っていかにも気分屋に振り回されている体で「お腹が空いてしまって、私が運べば食べるそうで」と適当なことを言って軽食を確保してきた。
その上で、「出入りの際に突入されたくないみたいだから、見えない位置まで下がってほしい」と護衛と監視を兼ねた兵を廊下から追い出すことに成功した。
すべて、「イカロス様の魔法はなんだかすごいらしい」という不確定情報を利用した形である。
部屋を離れていたアンジェラに意思を伝える方法があるらしいとか、護衛兵を魔法で叩き潰す恐れがあるとか。
正体不明の魔導士の襲撃を受けた後だったせいもあり、魔法が過剰に恐れられていた。
それが役目を投げ出す理由になるかといえば、なるはずもない。
しかし、食事をとってなかったのは事実だったのと、イカロス付きのアンジェラは王子に危害を加える恐れが無いというのが一応の根拠となって、説得はあっさり成功してしまっていた。
* * *
ずいぶん回りくどい方法をとるんだなと、クロノスは発案者のルーク・シルヴァに尋ねた。
「あまりすぐに追跡されたくない。さすがに今イカロスが城外脱出となれば、追われるだろう。お前じゃあるまいし」
「オレは居ても居なくてもだからな」
クロノスは薄く笑みを浮かべた。
物言いたげにちらりとその顔を見たものの、ルーク・シルヴァはさっと身を翻して隠れていた柱の影から廊下を歩き出す。クロノスもその後に続いた。
イカロスの部屋の前では、アンジェラが待機している。
ルーク・シルヴァはドアに向かい、軽く握りしめた拳でノックした。
「俺だ。魔王だ」
ぶふっとクロノスが噴き出す。
傍らで、アンジェラは目を瞬いていた。
少し待ってから、ルーク・シルヴァが振り返った。
「返事がない」
「『壊していいか?』みたいな顔やめろよ」
「言ってない。アンジェラ、開けられるか」
「そうですね、中で何かあったときに入る必要があるので、鍵がかかっていても方法は……。もう、魔法で塞がれているということはないんですよね?」
人質をとって立てこもったときも、自室に引っ込んだ後も、何か常人には手出しできない力が働いていたのだという。
「大丈夫に見えるんだけど。もし仕掛けがあっても、オレなら突破できないこともない」
クロノスが一歩踏み出し、ドアに触れようとすると、横から伸びてきた手に阻まれた。
「だめだ。お前これ以上魔力使ったら昏倒するぞ」
「誰のせいだよ」
「責任を感じた俺にもう一回濃厚なのをされたいのか」
力ない笑みをもらしてクロノスは手をひく。
(濃厚な『何』だよ……)
魔王、嫌がらせを心得ていると思わずにはいられない。
クロノスは、報われない恋愛が習い性となっていて、追われる関係が苦手だ。積極的に攻められると引き気味になる。
それを見抜かれた。ここぞとばかりに弄ばれている気がする。
嫌がらせのためならキスくらいなんでもないというのは先程の一件で了解した。
やると言ったらやるのだ、この男は。
全然嬉しくない。
(オレ頭おかしいのかな。形式だけでも『両想い』みたいな対応されると、無理無理の無理みたい)
相手に嫌がられたり、面倒くさそうにされていないと、いまいち萌えない。
薄々自覚してはいたが、恋愛や人間関係に対する思いは歪んでいること甚だしい。
「開いてる。気を抜いているのか、イカロス」
分厚い木製のドアに掌を置いていたルーク・シルヴァはそう言って、取っ手に手をかけてドアを開いた。
* * *
イカロスは、ソファに横たわって目を閉じていた。
白髪に、血の気のない白い肌。どうかすると、普通に死体。
「いつもああなのか?」
クロノスがアンジェラに雑に尋ねると「お行儀よくと言っても聞かない方です」とのんびり答えられた。
なお、ルーク・シルヴァは起きるのを待つ気はないらしく、部屋を横切り、すぐそばまで行くと、腕を組んで見下ろした。
「今すぐとどめを刺されたくなければ起きろ」
渋々という様子で、イカロスがうっすら目を開けた。赤い瞳。
「クライスは」
「いない。俺がいる」
すうっと目が閉じられる。
振り返ったルーク・シルヴァはアンジェラを見て、無表情に言った。
「食べ物を。腹に詰め込んでやらないと、目を開けるのも辛いらしい」
「何その独自解釈。いま目開けたよ。明らかに面倒くさいから寝たふりしているだけだろ」
「冷たい兄貴だな」
ルーク・シルヴァから、非常に正しいことを言われた感覚があり、不安になってクロノスはアンジェラを見た。妙に力強く頷かれた。
「お前は良い兄貴だったのかよ」
言うに事欠いて、変なつっかかり方をしてしまった。
気がつくと、アンジェラから気の毒そうな目を向けられていた。
「リュートさんは不器用なところはありますけど、悪い人じゃないですよ」
しかも諭された。
クロノスは勘弁してくれという気持ちをそのまま口にする。
「恋人のいる男の肩を持ちすぎでは」
「職場の同僚として適切な範囲で擁護しているつもりです。殿下は邪推が過ぎます。ご友人がいない、いえ少ないからそう」
「『いない』でいいよ。『いない』から」
そのくらい全然不敬だなんて思わないし、と鷹揚に構えたつもりであったが、発言には僻みが滲んでしまった。
「まあいい。後は起こしてなんとかする。アンジェラ、助かった」
ルーク・シルヴァが、それとなくアンジェラに退出を促す。
それはそうだ。
先程の「魔王」発言はさすがに冗談だと思っているだろうが、これ以降の会話は聞かせるわけにはいかない。
後は素知らぬふりをして外の衛兵を誤魔化してくれればそれで。
そう考えている二人を見透かすかのように、アンジェラはまったく裏のなさそうな顔で微笑んだ。
「出て行きません。私、イカロス様付きですから」
「この先は別に仕事じゃない。首突っ込んだら引き返せなくなるよ」
クロノスはごく当然のことを言ったつもりであるが、アンジェラも一切ひく様子を見せず、口調と表情は非常に穏やかに言った。
「まさか巻き込むだけ巻き込んでおしまいということはないですよね? 何をなさるつもりか知りませんが、ここで追い払われるつもりはないですよ。万が一そんな捨てられ方したら、悲しくて洗いざらい報告しにいってしまいます」
脅された。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。

転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

愛し子
水姫
ファンタジー
アリスティア王国のアレル公爵家にはリリアという公爵令嬢がいた。
彼女は神様の愛し子であった。
彼女が12歳を迎えたとき物語が動き出す。
初めて書きます。お手柔らかにお願いします。
アドバイスや、感想を貰えると嬉しいです。
沢山の方に読んで頂けて嬉しく思います。
感謝の気持ちを込めまして番外編を検討しています。
皆様のリクエストお待ちしております。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる